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;膝立試験
仰向けに寝て片足の膝をたてる。両足をつけずに対側の足を同じ角度に立てるように指示する。深部感覚障害では測定過大、測定過小どちらも示すが小脳失調では測定過大が目立つ。
 
== 病理学 ==
=== 小脳皮質の病理 ===
==== 加齢性変化 ====
小脳は脳幹とともに重量の減少が大脳に比べて小さい、20歳代の平均脳重量に対して100歳代では大脳は20~25%減少しているのに対して小脳や脳幹は10~15%程度の減少となる。肉眼的には加齢性変化は小脳虫部で顕著である。特に小脳第一裂より上面の前葉である中心小葉や山頂で目立つ。
 
==== マクロ病変 ====
[[キアリ奇形]]といった[[奇形]]や脳ヘルニアや交叉性小脳萎縮(crossed cerebellar atrophy)がよく知られたマクロ病変である。遠隔機能障害(diaschisis)の一種として示されることもある。交叉性小脳萎縮症とは広範な一側性の大脳病変から長い年月を経て反対側の小脳が萎縮する現象である。Urichらは病理発生機序の立場から交叉性小脳萎縮を3つのタイプに分けている。それは
*前頭・側頭橋路の病巣に続いて起こる橋核の順行性経ニューロン変性と中小脳脚の萎縮による小脳皮質に病変を伴わない小脳半球の萎縮
*反対側の橋核の順行性経ニューロン変性による顆粒細胞層萎縮が顕著な小脳萎縮
*てんかん発作によると考えられる小脳萎縮
 
==== びまん性のミクロ病変 ====
[[大脳皮質]]と同様に小脳皮質も層に強調された変化を示す。[[プルキンエ細胞]]の変化が中心となることが多く、変性疾患では小脳背側部で虫部と傍虫部半球に病変が強調される傾向がある。
 
;分子層
分子層はHE染色ではエオジンに染まる細かい網目状のニューロピルと小型の籠細胞(basket cells)、星状細胞(stellate cells)からなる。プルキンエ細胞の樹状突起や顆粒細胞の軸索が鍍銀染色で確認できる。分子層では固有の疾患は知られていない。前述のプルキンエ細胞の樹状突起や顆粒細胞の軸索があるためプルキンエ細胞層や顆粒細胞層に変化が生じると分子層でアストログリアが造成することが多い。プルキンエ細胞の樹状突起が限局性に膨らみ突起が出ているように見えるカクタスが認められることもある。カクタスは代謝性疾患や発達障害で有名だが多系統萎縮症、皮質性小脳萎縮症、CJDなどで認められ疾患特異性はない。
 
;プルキンエ細胞層
分子層の下端に大きなフラスコ型の細胞が1列並んだプルキンエ細胞層がある。その樹状突起は分子層の中で扇のように平面的に枝分かれする。その面は小脳回に対してほぼ直角である。プルキンエ細胞は虚血に対して非常に脆弱な細胞であるため、死後変化や死戦期の浮腫かどうかを区別するためにベルグマングリア(小脳のアストログリア)の増殖を確認する。死後変化や死戦期の浮腫ではプルキンエ細胞層が海綿状に離開し、プルキンエ細胞は消失しているが、アストログリアの反応はみられない。
 
プルキンエ細胞の胞体は分子層にある籠細胞の突起によって取り囲まれている。正常ではその他の神経線維も同時に染まるためバスケットの部分はわかりにくいがプルキンエ細胞が脱落するとempty basketsという所見で確認ができる。トルペドはプルキンエ細胞の最も近位部の軸索に生じたスフェロイドであり顆粒細胞層内で認められる。プルキンエ細胞の障害を示唆する所見だが疾患特異性はない。多系統萎縮症では多数認められることがあるが遺伝性脊髄小脳変性症では遭遇することは稀である。
 
皮質性小脳萎縮症は病理学的には下オリーブ核-小脳虫部という登上線維系に限局する病変を示す。[[多系統萎縮症]]や[[マチャド・ジョセフ病]]では主たる病変が小脳へ入力する苔状線維系の変性であること、病変がそれ以外にも複数の部位で認められる点が皮質性小脳萎縮症とは異なる。またアルコール性小脳萎縮症や[[自己免疫性小脳失調症]]や[[傍腫瘍性神経症候群]]では病巣が不連続的、あるいは解剖学的な部位と無関係な病変の強弱が認められる。
 
;顆粒細胞層
皮質の中で最も厚く見える層が顆粒細胞層である。円形でクロマチンに富む小型の細胞核が密集しているため、HE染色標本の弱拡大像では顆粒層全体が青紫色にみえる。顆粒細胞が脱落する場合は白質側から消失することが多い。
 
==== 限局性のミクロ病変 ====
小脳の限局性病変では梗塞が多い。
 
=== 小脳髄質の病理学 ===
変性疾患、白質ジストロフィー、脱髄性疾患、腫瘍で小脳髄質(白質)に病変が認められる。
==== 変性疾患 ====
[[多系統萎縮症]]は小脳の割面は白質の萎縮が強いため皮質が相対的に大きく見える。これは橋核(苔状線維系)のみならず下オリーブ核(登上線維系)から小脳に入る神経線維の変性がプルキンエ細胞から歯状核に向かう神経線維の変性を凌駕しているからと考えられている。その小脳白質の割面は非常に特徴的であり肉眼的には境界不鮮明な斑状の白い部分とやや褐色を帯びた部分が混在している。多系統萎縮症では変性が歯状核を超えることはない。一方で[[マチャド・ジョセフ病]]では歯状核門から上小脳脚に線維性グリオーシスが広がる。
 
==== 白質ジストロフィー ====
[[副腎白質ジストロフィー]]では病変が小脳白質から橋底部、中小脳脚、下オリーブ核、下小脳脚などに左右対称性にひろがる。[[アレキサンダー病]]ではローゼンタール線維が出現する。
 
==== 脱髄性疾患 ====
[[多発性硬化症]]などで脱髄性病変を伴うことがある。
 
==== 腫瘍 ====
小児腫瘍が小脳髄質に起こりやすい。[[髄芽腫]]は小脳虫部下面に好発する。
 
=== 小脳核の病理学 ===
小脳核は第四脳室の天井付近に室頂核、球状核、栓状核、[[歯状核]]の4つの神経核があり、発生学的には下オリーブ核と同じ起源である。プルキンエ細胞はこの小脳核のいずれかに投射線維を送る。歯状核が最も大きく、歯状核以外に選択的に障害を示す疾患が知られていないため神経病理学では歯状核に注目する。歯状核の入力線維は外側から入る。歯状核の内側部は上小脳脚に向かって歯状核門が開いており、歯状核の出力線維は歯状核門と上小脳脚を通る。
 
==== 血管障害 ====
歯状核は循環障害の影響を受けやすい。低酸素脳症では歯状核の脱落が認められる。小脳出血の好発部位でもある。赤核と同側の下オリーブ核、それに反対側の小脳を結んだ線をギラン・モラレの三角という。この三角の一部が梗塞や外傷で切断されると下オリーブ核に肥大が生じることがある。とくに病巣に歯状核が含まれている時に観察されることが多い。
 
==== 変性 ====
歯状核の変性には神経細胞の膨化、グルモース変性、神経細胞の変性、脱落が知られている。[[ペラグラ]]脳症や[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]では歯状核のリポフスチン顆粒の沈着がほとんどないにも関わらず神経細胞がふくらんでいることがある。日本ではグルモース変性といえば小脳歯状核にみられる変化を示す場合が多い。HE染色では好酸性を呈する雲状の構造物が集積する。プルキンエ細胞軸索終末の前シナプス変化と考えられており、小脳歯状核細胞周囲で軸索末端部で無髄線維が増加(発芽)と考えられている。プルキンエ細胞が高度に脱落している場合はグルモース変性が認められない。小脳遠心系変性を示す所見であり[[進行性核上性麻痺]]や[[歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症]]などで特徴的に認められる。歯状核の神経細胞の変性・脱落では歯状核自体に生じる一次性脱落と小脳皮質の病変の二次性脱落に分けることができる。一次性脱落は進行性核上性麻痺と歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、[[フリードライヒ失調症]]、[[ミトコンドリア病]]のMERRF、ラフォラ小体病などでみられる。進行性核上性麻痺と歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症ではグルモース変性が非常に特徴的であるが、高度な神経細胞脱落もおこる。ミエリンの淡明化が主に歯状核門に生じ、線維性グリオーシスで置換されている。さらに歯状核門から上小脳脚にもグリオーシスが認められる。[[マチャド・ジョセフ病]]では神経細胞の脱落に比べてミエリンの淡明化が歯状核の外側部と内側部の双方に認められる。フリードライヒ失調症は歯状核の神経細胞脱落と上小脳脚の変性、淡蒼球やルイ体変性を伴うことがある。またミトコンドリア病のMERRFでは小脳歯状核、下オリーブ核、黒質、基底核などに著しい萎縮、神経細胞の脱落やグリオーシスがみられる。また大脳基底核や大脳白質の血管に石灰化が生じる。ラフォラ小体病の小脳ではプルキンエ細胞と顆粒細胞の中等度脱落に加えて歯状核の神経細胞が高度に脱落する。二次性脱落は自己免疫性小脳失調症、皮質性小脳萎縮症、アルコール性小脳萎縮症、多系統萎縮症などでみられる。一次性脱落に比べると神経細胞の脱落は高度ではなく萎縮が中心となる。アストログリアの増殖を伴うが線維性グリオーシスが特徴とされる。自己免疫性小脳失調症、皮質性小脳萎縮症、アルコール性小脳萎縮症などプルキンエ細胞が標的となっている疾患では、プルキンエ細胞の軸索の変性が歯状核に収斂するため歯状核外側部に接する白質にマクロファージが集簇する。特に傍腫瘍性小脳変性症ではマクロファージが歯状核外側部のみならず途中の白質にもみられることがある。多系統萎縮症でも歯状核は萎縮が主体である。歯状核門に白質病変がおよぶことは非常に稀で上小脳脚は保たれる。
 
=== 小脳萎縮のまとめ ===
小脳萎縮には3つの表現型が知られている。特に小脳皮質変性(プルキンエ細胞型)と歯状核変性(歯状核型)は明らかに区別できる。小脳皮質変性の代表例は多系統萎縮症(MSA-C)であり、小脳半球の白質、プルキンエ細胞が脱落し、歯状核、歯状核門は保たれる。歯状核例の代表例は[[マチャド・ジョセフ病]]であり歯状核、歯状核門、上小脳脚が脱落し、歯状核はミクロ的にはグルモース変性像を呈する。プルキンエ細胞は保たれる。
 
{| class="wikitable"
!nowrap|病変部位!!nowrap|プルキンエ細胞型!!nowrap|顆粒細胞型!!nowrap|歯状核型
|-
|分子層||-||±〜+(ヒトデ小体)||-
|-
|プルキンエ細胞層||++(ベルグマングリア増生)||±〜+(カクタス)||-
|-
|顆粒細胞層||+〜++||++||-
|-
|白質(求心路)||++||-||-
|-
|白質(遠心路)||-||-||++
|-
|歯状核||+〜++||-||++(グルモース変性)
|-
|代表的疾患||MSA-C、虚血性脳症、アルコール中毒、一部のSCA||メンケス病、MELAS、一部の代謝性疾患||DRPLA、MJD、PSP、CBD
|}
 
== 出典・脚注 ==
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* 柳原 大, 伊藤 聡 [http://dx.doi.org/10.2142/biophys.39.165 「歩行運動の適応制御と小脳」] 生物物理 '''Vol. 39''' (1999) , No. 3, pp.165-171
* 慶野 宏臣, 柏俣 重夫 [http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=kagakutoseibutsu1962&cdvol=27&noissue=9&startpage=594 「小脳の発達」] 化学と生物 '''Vol.27''', No.9 (1989) pp.594-604
 
教科書
* 臨床神経病理学 p253-p278 ISBN 9784890134403
 
== 関連項目 ==