「畑中葉子」の版間の差分

| Name = 畑中葉子
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| School_background = [[日本大学櫻丘高等学校]]卒業
 
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| URL = [http://yaplog.jp/yoko-hatanaka/ 畑中葉子公式ブログ Sunny side up Star]
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'''畑中 葉子'''(はたなか ようこ、[[1959年]][[4月21日]] - )は、[[日本]]の[[歌手]]、[[俳優|女優]]。[[ビクターミュージックアーツ|ツ]]所属。
 
==略歴==
[[東京都]][[八丈島]]出身。[[日本大学櫻丘高等学校]]卒業。[[平尾昌晃]]歌謡スクールに通いレッスンを続け、平尾に見出される。
 
[[1978年]]に平尾との[[デュエット]]曲『[[カナダからの手紙]]』で歌手[[デビュー]]。この曲は大ヒットとなり、一躍トップアイドルとなる。同年の[[第29回NHK紅白歌合戦]]に白組から出場。さらに、カナダへの日本人旅行者が急増したことにより、カナダ政府から表彰された。その後[[ソロ]]歌手に転向
 
[[1979年]]、男性マネーに『ロミオ&ュリエット’79』で[[ソロ]]デビュー。同年音楽ディレクタ交際によ檀雄二と結婚すいざこざも、8ヵ月で離婚した。そ後のプレイボーイセミヌードグラビアが話題なり1980年『後から前から』を発売。[[日活ロマンポルノ|にっかつロマンポルノ]]に出演し女優としてデビュー。清純派歌手である畑中のポルノ出演は世間に大きな衝撃を与え、初出演の『愛の白昼夢』、続く『[[後から前から]]』は、空前のヒットとなった。主演映画で自らが歌ったシングル『後から前から』も大ヒットした。『もっと動いて』なども話題作とし名を残す。同年音楽ディレクターの壇雄二と結婚するも、8ヵ月で離婚した
 
[[1991年]][[1月]]に一般男性と再婚し、同年10月に女児を出産、[[1993年]]には男児を出産。
 
現在は[[カラオケ]]サークルを開設しており、講師として活動している(事務所再所属後は活動を休止)。
 
[[2011年]][[4月]]からは、[[太田プロダクション]]所属のタレントとして芸能活動を再開していたが、[[2012年]][[7月28日]]に[[フジテレビジョン|フジテレビ]]で放送された「ガチ桜」にて「[[ニュース時事能力検定]]2級を合格できなかったら事務所から解雇」という課題が課せられた。結果は不合格となり、その結果太田プロからは解雇(ただし、進行中の仕事を消化したのち契約解消)、事務所のプロフィールからも削除された。その後ニュース時事能力検定を再受検し再び不合格となったが、2012年[[12月5日]]より太田プロに再び所属することになった。その後[[2014年]][[6月1日]]よりビクターミュージックアーツに移籍している。
 
[[2016年]][[5月11日]]、1983年発売の「香艶的夜總會」以来、33年ぶりのオリジナル・アルバム『GET BACK YOKO!!』を発売。
 
==エピソード==
*シングル『カナダからの手紙』が大ヒットしたあと、故郷の[[八丈島]]へ帰ったとき、島をあげての大歓迎を受けた。しかし、翌年ポルノ女優になったあとは、「八丈島に帰ったとき石を投げられた」という。
*ポルノ映画時代のスタッフとは、今でも「裸のお付き合いをしている」という。
 
== 音楽活動 ==
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