「アニア・タウアー」の版間の差分

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[[リューベック]]に生まれる<ref>{{Cite web |url=https://www.facebook.com/meloclassic/videos/931068303630504/ |title=Remembering the German cellist Anja Thauer (1945-1973) |publisher=melo Classics |accessdate=2016-01-27 |archiveurl=http://www.peeep.us/b97bc498 |archivedate=2016-01-27 }}</ref>。[[ニュルンベルク音楽院]]で[[チェロ]]を学び、12歳で母の[[ピアノ]]伴奏で初舞台を踏む。13歳の時に[[バーデン=バーデン]]で[[オーケストラ]]と初共演を果たした。14歳の時に[[シュトゥットガルト音楽大学]]の[[ルートヴィヒ・ヘルシャー]]のマスター・クラスに入った。翌年には奨学金を得て[[パリ国立高等音楽・舞踊学校|パリ音楽院]]に入学し、[[アンドレ・ナヴァラ]]の薫陶を受けた<ref>[http://www.prestoclassical.co.uk/r/Australian%2BEloquence/ELQ4822181]</ref>。1962年には[[パリ音楽院]]内の学生コンクールで優勝している。1964年にはニュルンベルク市より振興賞を贈られた<ref>[http://www.nuernbergkultur.de/index.php?id=65]</ref>。
 
晩年は妻子持ちの医師と恋愛関係にあったが、[[ヴィースバーデン]]で自らの命を絶っ殺した。
 
== 脚注 ==
3,813

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