「プロテスタント」の版間の差分

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[[19世紀]]に入り再臨運動がさらに活発化すると幾つもの再臨派系教派がここから分裂、組織化した。その中でもエレン.G.ホワイトらが活発に活動し、日曜ではなく、イエスが当時守っていた日が土曜日であった事実と、旧約律法通りでもある土曜を礼拝日とするSDA([[セブンスデー・アドベンチスト教会]])が出現した。
(この教会については、議論がある<ref name="giron">正統派か議論あり異端とみなされていると言及。[[尾形守]]『[[異端見分けハンドブック]]』プレイズ出版</ref><ref name="giron2">議論り、るが「異端である」と言及。[[辻川 宏]]『異端ポケットシリーズ4』オリーブ社</ref>。)
 
[[フリードリヒ・シュライアマハー|フリードリヒ・シュライエルマッハー]]から始まる近代神学、[[自由主義神学]]、[[聖書高等批評学]]のプロテスタント教会への浸透に対抗して、英国の[[福音主義同盟]]は[[1846年]]、9カ条からなる福音主義信仰の基準を告白した。また20世紀初頭に英米において[[キリスト教根本主義]]運動が起こった。20世紀半ばの[[1948年]]に自由主義プロテスタントとローマ・カトリックを中心とした[[エキュメニズム|エキュメニカル運動]]の組織[[世界教会協議会]]が成立したが、それに対して[[福音主義同盟]]を創立会員として[[1951年]]に[[世界福音同盟]]が結成された。第二次大戦後に台頭した[[福音派]]はエキュメニカル運動に対し、[[1974年]]、[[ローザンヌ世界伝道会議]]を開催し、[[ローザンヌ誓約]]が発表された。また福音派は[[新福音主義]]とも呼ばれ、[[福音伝道]]と宗教改革の福音主義を強調する。福音派は個人の伝道活動の実践、[[ビリー・グラハム]]の大規模な伝道活動などにより教勢を拡大し、学的にも[[ウェストミンスター神学校]]、[[フラー神学大学]]、[[ホィートン・カレッジ]]、[[クリスチャニティ・トゥディ]]などにより大きな影響力を与えるようになった<ref>宇田進『現代福音主義神学』いのちのことば社</ref><ref>マクグラス『キリスト教の将来』教文館</ref><ref>古屋安雄『激動するアメリカ教会』ヨルダン社</ref>。