「伊藤清」の版間の差分
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{{改名提案|伊藤清 (数学者)|date=2016年9月}}
{{Other people|数学者}}
{{Infobox Scientist
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== 業績 ==
大戦中の1942年に、[[伊藤の補題]]で知られる[[確率微分方程式]]を生み出した。
</ref>。
=== 経済学分野への貢献 ===
従来、[[方程式]]で表現することができるグラフは直線もしくは規則性を持つ曲線のみで、まったく規則性のない[[ランダム]]な曲線は、方程式で表すことができなかった。伊藤の定理は[[微積分]]に[[確率論]]を導入することで、[[ブラウン運動]]の軌跡や、[[株式]]や[[債券]]の金融商品の価格変動の[[罫線表|チャート]]など、規則性のない曲線を連続時間の方程式で記述することをはじめて可能にした。
[[デリバティブ]]の一種である[[オプション取引|オプション]]の価格評価式である[[ブラック-ショールズ方程式]]の導出は伊藤の定理が基礎となっており、同方程式の考案者として[[ノーベル経済学賞]]を受賞した[[マイロン・ショールズ]]は伊藤に会った際にわざわざ握手を求め、伊藤の定理に敬意を表した。伊藤自身は経済学に無関心で、ある経済学者の集まりに出席した際に、あまりの歓迎ぶりに当惑のあまりそもそもそんな定理を導いた記憶はないと言い張ったという<ref>Inventing Money: Nicholas Dunbar, Wiley; December 13, 2000 日本語版「LTCM伝説」 東洋経済新報社</ref>。
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