「笹子トンネル (中央本線)」の版間の差分

笹子トンネルは、[[1931年]](昭和6年)[[9月1日]]に[[上越線]][[清水トンネル]](全長9,702 m)が開通するまでは日本一長い鉄道トンネルであった<ref name = "歴史の興味_20" />。
 
笹子側のトンネル入り口の額字には「因地利」([[伊藤博文]]著、意味は「地の利に因(よ)って」と解釈できる)、甲斐大和側には「代天工」([[山縣有朋]]著、意味は「天に代わって工事す」)と書かれている(実際はどちらも右書き)<ref name = "トレたび" />。また東側坑門の柱部には工事関係者14名の名前を記したプレートがはめ込まれている<ref name = "記念碑_8" />。1905年(明治38年)には一枚の巨大な自然石に陸軍大将[[桂太郎]]揮毫による「笹子隧道記念碑」という文字の彫り込まれた記念碑が[[甲府市]]の[[舞鶴城公園]]に建てられた。裏面には東宮侍講[[三島中洲|三島毅]]の撰文、衆議院議員[[若尾逸平]]の[[揮毫]]による工事経緯を記した漢文が記載されている。1993年(平成5年)に笹子駅前に移設されている<ref name = "記念碑_8" />。
 
== 電化 ==