「戦斧」の版間の差分

m
Bot: [​[ハスカール|ハスカール]​] → [​[ハスカール]​] ,Removed linktext ∵Check Wikipedia #64
m (Bot: [​[ハスカール|ハスカール]​] → [​[ハスカール]​] ,Removed linktext ∵Check Wikipedia #64)
== 戦史の中での戦斧 ==
* 青銅器時代、[[古代エジプト]]で槍と並んで刃の角度が急な青銅製の斧が白兵戦での主要な武器として使用されていた。
* [[ヴァイキング]]や[[ケルト人]]で知られる[[北ヨーロッパ]]の民が好んで使用し, [[ヨーロッパ]][[中世]]の戦場でほとんど見られる. 特にヴァイキング独自の投げ斧、片手斧、両手斧はイングランドなどで猛威を振るった。当時は鉄器鍛造技術が未熟で剣は高級品であり、一般の人には斧のほうが手軽に持つことができた。このため[[テレマルク県]]のように紋章に戦斧が含まれている自治体も多い。イングランド王を[[ノルマンディー公]][[ギヨーム2世]]と争った[[ハロルド2世 (イングランド王)|ハロルド]]の護衛傭兵[[ハスカール|ハスカール]]は、主に斧で武装していた。スイス人傭兵が考案した槍や鉤と一体化した[[ハルバード]]は、歩兵が騎兵に対抗する手段として普及した。
* [[日本]]で戦斧が使われ出したのは[[南北朝時代 (日本)|南北朝期]]からのことであり、文献では『[[太平記]]』で[[長山遠江守]]が[[赤松氏範]]との[[一騎討ち]]で大鉞を使用している<ref>『騎兵と歩兵の中世史』129頁</ref>。基本的に、戦場で斧を使用するのは兵站の建設、あるいは城門の破壊のためだった。また、形状の良く似たものとして、[[修験者]]が霊峰入山の際に携帯する「入峰の斧<ref>奈良国立博物館 http://www.narahaku.go.jp/collection/p-659-0.html</ref>」がある。
* [[インディアン]]が白人との戦いの中で、独特の手斧「[[トマホーク]]」を使用した。現アメリカ軍の[[トマホーク (ミサイル)|トマホークミサイル]]の語源である。
125,305

回編集