「喧嘩富士」の版間の差分

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[​[喧嘩富士]​] → '''喧嘩富士''' ∵Removed self-link: Check Wikipedia #48
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== 概要 ==
デビューの「[[潮来笠]]」を大ヒットさせた橋は、3作目の「[[おけさ唄えば]]」でその実力、人気を確定させた。その橋が、4作目としてリリースしたのがこの股旅物「喧嘩富士」で、引き続き、作詞は[[佐伯孝夫]]、作曲は[[吉田正]]の楽曲である。デビュー間もないのに、10月「[[おけさ唄えば]]」、11月「[['''喧嘩富士]]'''」、12月「[[木曽ぶし三度笠]]」異例の3ヶ月連続新譜リリースについて、後に橋は、「今はある曲がヒットしている間は、新譜は控えて」その販促に努めるが、「当時は、新曲を出した方が数字が出るという考え」「ファンも新曲リリースを楽しみ」にしていたと回顧している<ref>橋幸夫・小野善太郎共著『橋幸夫歌謡魂』ISBN 4-948735-16-7 ワイズ出版(東京)1993/6 23頁参照</ref>。このため、恩師の吉田は。多くの門下生を抱えながら、「橋にかかりっきり」となり、「枚数を稼げる(橋に)ワッと営業サイドもついた」としている<ref>ビクターエンタテインメント『吉田正大全集~1948-1997』1997/9 解説書19頁その他参照</ref>。橋はこの後、毎年10数枚の新譜をリリースし続けることになる。
 
佐伯が橋に提供した股旅物としては、「潮来笠」「伊太郎旅唄」(潮来笠B面)についで3作目にあたる。ジャケットは相変わらずスーツ姿で、「潮来笠」や「木曽ぶし三度笠」のように股旅姿のイラストもなく、また、振り付けもついていない。
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