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==== NHK紅白歌合戦出場歴 ====
デビュー2年目の[[1965年]][[第16回NHK紅白歌合戦]]に初出場<ref>前年の時点で出場候補に挙がっていたが、前年は落選した([[合田道人]]『紅白歌合戦の舞台裏』)。</ref>。以降、[[1984年]][[第35回NHK紅白歌合戦]]での引退まで、20回連続で出場した。その間、[[1976年]]には「北の宿から」の大ヒットを背景に、それまで[[美空ひばり]]と[[島倉千代子]]の独擅場となっていた紅組トリ(大トリ)の座を、12回目の出場で初めて射止めた。
 
[[1989年]]、第40回に出演したのをきっかけに、歌手業に本格的に復帰し、その後も9年連続で紅白に出場していたが、通算で29回目出場の[[1997年]]の[[第48回NHK紅白歌合戦]]が、最後の紅白出場である。翌[[1998年]]に「紅白を卒業したい」と辞退してからは1度も出場していない。ただし都は実質「落選」だったが、番組側の配慮で「辞退」との形になったとする説もある<ref>[[合田道人]]『紅白歌合戦の真実』</ref>。
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実現には至らなかったものの、幾度となく紅組司会の候補にも挙がった。
 
2011年9月8日に開催した同期である[[五木ひろし]]とのジョイントコンサートの場で、五木から「紅白卒業を撤回すべき」との進言を受け、「紅白はいつも見ている」「私はもう卒業したので」と返すやりとりがあった<ref>『デイリースポーツ』2011年9月8日付</ref><ref>[http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20110909-832342.html],日刊スポーツ,2011年9月9日</ref>(この年の紅白にも出場はなかった)。
 
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