「ジョージア・オキーフ」の版間の差分

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1908年、シカゴに戻りイラストレーターとして働いたが、1910年、病気が元で家族がいた[[バージニア州]]に移る。オキーフも一時、絵画から離れていたが[[ヴァージニア大学|バージニア大学]]の夏期講座に出席し、[[アーサー・ウェスリ・ダウ]]に出会ったことがきっかけで再び描き始めるようになった。
 
==伝記==
*ジェフリー・ホグリフ『オキーフ あるアメリカ神話の誕生』([[野中邦子]]訳、[[平凡社]]〈20世紀メモリアル〉、1994年)
 
== 代表作 ==
* 街の夜(1926年)([[ミネアポリス美術研究所]]
* 抽象 第6番(1928年)([[愛知県美術館]])
* 赤・白・青(1931年)(メトロポリタン美術館)
* 雄羊の頭、白いタチアオイ、丘(1935年)([[ブルックリン美術館]])
* 骨盤とペダーナル山(1943年)([[マンソン・ウィリアムズ・プロクター美術研究所]]
 
=== ギャラリー ===