「アレクサンドリアのカタリナ」の版間の差分

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彼女の第一の象徴となるのは釘打ちされた車輪である。このことから、『カタリナの車輪』として知られるようになり、多くのキリスト教会で11月25日のカタリナの祝祭日が祝われる。しかし、[[ロシア正教会]]では、女帝[[エカチェリーナ2世]](ロシア語名のエカテリーナはラテン語名カタリナと同義)が、自分の守護聖人と[[正教]]の祝日『[[生神女進堂祭]]』を分け合うことを望まなかったことから、[[12月7日]](グレゴリウス暦の日付。ユリウス暦の[[11月24日]]に相当)とされている。
 
== 歴史と崇敬 ==
歴史家たちはカタリナは実在しなかったと信じており、彼女は歴史上の人物というよりは理想化された人物像であったとみなしている。彼女は、異教徒の哲学者[[ヒュパティア]]と相対する像として作り上げられたというのである。カタリナがその目的のために特別に創造されたとするのは疑わしい。ヒュパティアのように、カタリナは高い知性を持ち(哲学と神学において)、非常に美しく、汚れなき処女であったと伝えられており、ヒュパティアの死ぬ105年前にむごたらしく殺されたことも共通している。
 
1969年、ローマ・カトリック教会は、[[典礼秘蹟省]]が発行する聖人の祝日を記載した暦から、カタリナの祝日11月25日を除いた。彼女の実在が歴史的根拠に欠けるという理由からであった。2002年、カタリナの祝日は再び暦に記載された。
 
1908年、[[カトリック百科事典]]はカタリナについて歴史的重要性を記した。
 
多くの場所で、カタリナの祝日は最上の厳粛さを持って祝われている。フランスのいくつかの司教区では、17世紀初頭から聖なる日の義務とされてきた。数え切れない数の礼拝堂が彼女を守護聖人としており、カタリナ像はほとんどの教会のほど近くで、彼女の拷問の道具であった車輪を象徴化した姿の像が見つけられる。その間、カタリナの生涯に起因する象徴化が進み、[[ミラのニコラオス]]は若い未婚男性や学生の守護とみなされ、聖カタリナは乙女と女学生の守護聖人となった。釘打ちされた車輪は聖人の象徴となり、車輪製造者と機械工の守護聖人となった。また車輪は[[ケンブリッジ大学]][[セント・キャサリンズ・カレッジ]]などの紋章になっている。
 
==関連項目==
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