「タルチジオ・ベルトーネ」の版間の差分

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|配偶者 =
|国旗 = バチカン市国
|職名 = {{仮リンク|国務省長官|en|Cardinal Secretary of State|label=バチカン市国国務省長官(国務長官)}}
|内閣 =
|選挙区 =
|退任理由 =
|元首職 = [[ローマ教皇|教皇]]
|元首 = [[ベネディクト16世 (ローマ教皇)|ベネディクト16世]]<br>[[フランシスコ (ローマ教皇)|フランシスコ]]
}}
[[ファイル:Coat of arms of Tarcisio Bertone.svg|サムネイル]]
[[1934年]]、[[北イタリア]]・[[トリノ県]][[ロマーノ・カナヴェーゼ]]生まれ。[[1950年]]、サレジオ会に入会。[[1960年]]司祭[[叙階]]。教皇庁立大学で[[教会法]]などの教授を務めた。[[1995年]]、[[教皇庁]]教理省局長となり、当時同省長官のヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿(前教皇[[ベネディクト16世]])の片腕として働いた。前教皇と非常に親しいといわれる。[[2002年]]にジェノヴァ大司教、2003年に枢機卿に任命されている。
 
[[2006年]][[9月15日]]より[[バチカン|バチカン市国]]{{仮リンク|国務省長官|en|Cardinal Secretary of State|label=国務省長官(国務長官)}}に就任。同長官はバチカン元首の[[ローマ教皇]]に次ぐ地位で、首相に相当し、政治、外交を総括する。2007年4月4日からは[[カメルレンゴ]]も兼務。2008年にはフラスカティの[[司教枢機卿]]に上げられた。
 
2009年12月に高位聖職者役職の定年である75歳を迎えたが、直前に教皇から任務の続行を要請され、職務にとどまった。2013年8月、後継が決まったことを受けて国務省長官の引退が受理され、2013年10月15日まで務めた。なお、カメルレンゴ職はその後も務めたが、2014年12月20日に引退し、{{仮リンク|ジャン・ルイ・トゥーラン|en|Jean-Louis Tauran}}枢機卿にその地位を譲った。
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