「バルジ大作戦」の版間の差分

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| 言語 = [[英語]]
| 制作費 =
| 配給収入 = 3億9134万円<ref>『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)231頁</ref> {{flagicon|JPN}}
| 興行収入 =
| 前作 =
| 次作 =
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『'''バルジ大作戦'''』(''Battle of the Bulge'')は、[[第二次世界大戦]]末期の[[バルジの戦い]]を描いたアメリカ映画。1966年に公開された。
 
== 概要 ==
[[第二次世界大戦]]末期の1944年12月にドイツ軍がアメリカ軍に対してドイツ側名称「ラインの守り」作戦で大攻勢をしかけ、戦車での戦いで激戦となった[[バルジの戦い]]をドイツ軍とアメリカ軍の両方の動きを描いている。
== 日本初公開==
1966年4月1日にテアトル東京・大阪OS劇場でロードショー公開され、配給収入3億9,000万円を上げた。テレビの初放映は1973年10月14日・21日に[[日曜洋画劇場]]で前後編に分けて放送されている。
 
== キャスト ==
{|class="wikitable" style="text-align:center"
* [[テレビ朝日|NETテレビ]]版:初回放映 [[1973年]]10月14日&21日「[[日曜洋画劇場]]」 *DVD収録
* [[フジテレビ]]版:初回放映 [[1978年]]10月13日「[[ゴールデン洋画劇場]]」
 
== エピソード ==
* 当時のスペイン陸軍の装備を借りてロケしたため、登場する戦車等は実際のドイツ軍とは著しく違うものの、台数が(ソ連の映画『[[ヨーロッパの解放]]』程ではないが)非常に多く、最後の戦車部隊同士の決戦は見もの(ドイツの[[ティーガーII]]戦車の役は[[M47パットン|M47パットン戦車]]、アメリカの[[M4中戦車]]の役は[[M24軽戦車]]が務めた)。
 
* 雪の中の戦いであったはずが撮影地がスペインだったため、後半は砂漠の様な地形(おそらくスペイン軍の演習地)になってしまっている。実際の戦史とはかけ離れているフィクションも多く、隠居生活を送っていたアイゼンハワー元大統領が公式に抗議声明を出したほどである。
* この戦いで偶発的に発生した事件である『マルメディの虐殺』が計画的犯行のように描かれている。[[マルメディ虐殺事件]]参照
 
== 戦車の歌(パンツアー・リート) ==
この映画の前半に、アメリカ軍に攻勢をかける前にドイツ軍ヘスラー大佐 ( [[ロバート・ショウ]] )が戦車兵を訪ねる場面がある。そこで戦車兵の若さに不安を覚える大佐に対して、若い戦車兵が自ら士気を奮い立たせるために「[[パンツァー・リート]]」(戦車の歌)を合唱するシーンはこの映画で最も記憶されているシーンである。元はドイツの歌だったが、戦後フランス軍や他の軍隊でも歌われ、日本でも陸上自衛隊の音楽隊も演奏している。最近はYOUTUBEでこの「バルジ大作戦」の中の[[パンツァー・リート]]を唄う場面が見られる。
 
== 脚注 ==
<references/>
 
== 関連項目 ==
*[[バルジの戦い]]
*[[マルメディ虐殺事件]]
*[[パンツァー・リート]]
 
== 外部リンク ==
* {{Allcinema title|18639|バルジ大作戦}}