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[[1966年]]に腎臓炎を患い、[[1967年]]には{{仮リンク|裵相台|label=裵相台 (ペ・サンテ)|ko|배상태}}が作曲した「戻る三角地」を発表した。 その後、腎臓炎の闘病中であった[[1971年]][[11月7日]]に、病状が悪化し、当時の[[城北区 (ソウル特別市)|城北区]](後の[[江北区 (ソウル特別市)|江北区]]){{仮リンク|弥阿洞|label=弥阿10洞|ko|미아동}}の自宅から病院に向かう救急車の中で死去した。まだ満29才で、未婚であった。 墓は、[[京畿道]][[楊州市]]の新世界公園墓地 ({{lang|ko|신세계 공원묘지}}) にある。
 
[[1981年]]に実施された、MBC特集世論調査で「最も好きな歌手」の1位に選ばれ、[[2005年]]6月の『光復60年記念KBS[[歌謡舞台]]』の世論調査でも「国民に最も愛された国民歌手10人」のひとりに選ばれた。
 
== その他 ==
* ペ・ホが「戻る三角地」で歌ったに建設された{{仮リンク|三角地ロータリー|ko|삼각지로터리}}という龍山の立替交差点は、歌がヒットした[[1967年]]に建設され、[[1994年]]に撤去された。現在は、「戻る三角地」の歌、ペ・ホギル(ベ・ホ通り)という街路名、ペ・ホの銅像などが残されている。
* [[1971年]][[11月11日]]、イェチョン会館(예총 회관)で行われた葬式には、簡素な服を着た若い女性が数百メートルも立ち並んだといわれている。
* 韓国の[[エルヴィス・プレスリー]]と称されるほど音楽性をもち、没後の人気もかなり高い歌手である。
* 韓国国内では、全国に四基の歌が建てられている。「戻る三角地」([[龍山区 (ソウル特別市)|龍山]])、「두메산골」([[楊州市]]の墓碑)、「마지막 잎새」[[慶州市]]、「파도」[[江陵市]])。
 
 
== 関連項目 ==
* [[:ko:차중락]]
 
 
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