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[[ファイル:Queen of the Night (Babylon).jpg|thumb|「バーニーの浮彫」。紀元前1800年~紀元前1750年頃の物と推定。イラク南部出土。テラコッタ製。]]
'''イシュタル'''([[アッカド語|新アッシリア語]]: [[File:B010ellst.png|100x20px|DINGIR]] [[File:B153ellst.png|100x20px|INANNA]]、[[翻字]]: <sup>[[:en:Dingir|D]]</sup>MÙŠ、[[転写 (言語学)|音声転写]]: ishtar)は、[[シュメール神話]]に登場する豊穣神[[イナンナ]]の系譜と[[地母神]]の血を引く、[[メソポタミア神話]]において広く尊崇された愛と美の[[女神]]<ref name="yajima">矢島(1998)pp.186,226</ref>。戦・[[豊穣]]・[[金星]]・[[王権]]など多くの神性を司る。
 
神としての序列が非常に高く、神々の始祖[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]・神々の指導者[[エンリル]]・大地と知恵と神[[エンキ|エア]]を3柱とする、[[シュメール]]における最上位の神々に匹敵するほどの信仰と権限を得た特異な存在<ref>池上(2006)p.14</ref>。
 
イシュタルは[[アッカド語|新アッシリア語]]名で、[[シュメール神話]]でイナンナ「天の女主人」を意味するニン-アンナ([[シュメール語]]: 「[[:en:Inana|Nin-anna]]」{{cuneiform|[[:wikt:𒀭|𒀭]][[:wikt:𒈹|𒈹]]}})という名で呼ばれたから「天の女主人」の意<ref>池上(2006)p.71</ref>
 
== 概要 ==
メソポタミア神話でのイシュタルは[[ウルク (メソポタミア)|ウルク]]の都市神となっているが、シュメールの創世神話では原初の5都市の内2番目の都市[[バドティビラ]]が与えられている<ref>岡田・小林(2008)p.49</ref>。原初の世界に名を残すも、いわゆる母神と同定されることはなく、[[バビロニア]]の創世神話『[[エヌマ・エリシュ]]』には登場していない。しかしながら支配都市ウルクを始め、[[キシュ]]、[[アッカド]]、[[バビロン]]、[[ニネヴェ (メソポタミア)|ニネヴェ]]、[[アルビール|アルベラ]]など多くの崇拝地を持ち、メソポタミア広範で崇拝された。
 
イシュタルは様々な女神と神学的に同定され、英名ヴィーナスでよく知られる[[ローマ神話]]の[[ウェヌス]]、ギリシア神話における[[アプロディーテー|アフロディーテ]]の原型となったとされている<ref name="yajima" />。ほか、[[アッカド]]の女神[[アヌニートゥ]]、[[バビロン]]の女神[[ベーレト・バビリ]](「バビロンの女主」の意)に相当し、[[旧約聖書]]でいう[[アシュトレト]]にあたる[[カナン]]の[[アスタルテ]]や[[シリア]]女神の[[アタルガディス]]にも起源を同じくする。
 
メソポタミア神話でのイシュタルは[[ウルク (メソポタミア)|ウルク]]の都市神となっているが、シュメールの創世神話では原初の5都市の内2番目の都市[[バドティビラ]]が与えられている<ref>岡田・小林(2008)p.49</ref>。原初の世界に名を残すも、いわゆる母神と同定されることはなく、[[バビロニア]]の創世神話『[[エヌマ・エリシュ]]』には登場していない。しかしながら支配都市ウルクを始め、[[キシュ]]、[[アッカド]]、[[バビロン]]、[[ニネヴェ (メソポタミア)|ニネヴェ]]、[[アルビール|アルベラ]]など多くの崇拝地を持ち、メソポタミア広範で崇拝された。
親族関係に関しては異なる伝統が並存し、一貫性がない。主なものには、アヌ、もしくは[[:en:List of lunar deities|月神]][[シン (メソポタミア神話)|シン]]と[[ニンガル]]の娘で、双子の兄に[[太陽神]][[シャマシュ]]、姉に[[冥界]]を支配する死の女神[[エレシュキガル]]を持つとされる<ref name="ikegami">池上(2006)p.71</ref>。お供の聖獣は[[ライオン]]<ref name="ikegami4">池上(2008)p.74</ref>。
 
親族関係に関しては異なる伝統が並存し、一貫性がない。主なものには、アヌ、もしくは[[:en:List of lunar deities|月神]][[シン (メソポタミア神話)|シン]]と[[ニンガル]]の娘で、双子の兄に[[太陽神]][[シャマシュ]]、姉に[[冥界]]を支配する死の女神[[エレシュキガル]]を持つとされる<ref name="ikegami">池上(2006)p.71</ref>。お供の聖獣は[[ライオン]]<ref name="ikegami4">池上(2008)p(2006)p.74</ref>。
一方、イシュタルは自身の信者に対しては非情に慈悲深く、愛情を持って接する女神でもある。相反する面を持ち合せるイシュタルは、魅力的な肢体を持つ美しい女神であったとされ、太陽のように輝く光を発していたという<ref name="ikegami4" />。『冥界下り』のエピソードでは、華美な宝飾品や衣装で身を包んだ様が描かれている。
 
== 歴史 ==
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=== 美しくも残忍な野心家 ===
イシュタルは全てを手に入れなければ気が済まない野心家だが、愛情が冷めてしまえばその後の扱いは酷いものだった<ref>池上(2006)p.72</ref>。例えば、マダラ模様のある羊飼鳥は打ち叩いてその羽をむしり取り、戦で活躍した馬を鞭打ちにしてから長距離を走らせた揚句に泥水を飲ませるなど、動物に対して非常に残忍な仕打ちをしている<ref name="ikegami4" />。人間に対しても同様で、泣かせたり動物に変えたりという汚行を繰り返してきた。とある牧人には子どもを供物として殺させ、最後には牧人自身を狼に変えたという逸話もある<ref name="ikegami4" />。また、自身の誘惑を撥ね退けた者に対する残酷な報復は群を抜いていた<ref name="ikegami4" />。
 
一方、イシュタルは自身の信者に対しては非情に慈悲深く、愛情を持って接する女神でもある。相反する面を持ち合せるイシュタルは、魅力的な肢体を持つ美しい女神であったとされ、太陽のように輝く光を発していたという<ref name="ikegami4" />。『冥界下り』のエピソードでは、華美な宝飾品や衣装で身を包んだ様が描かれている。
 
== 神殿 ==
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=== イナンナ女神とエビフ山 ===
イシュタルは称賛と栄誉を得るため、緑と果実豊かな野獣の宝庫「エビフ山<ref group="注">[[ザグロス山脈]]の東側に崩れた連峰の痕跡があり、これが古代のエビフ山である 岡田・小林(2008)p.108</ref>」を滅ぼすべく支度をした。人々に畏怖を与えるための聖なる光「ニ」を額に宿し、王衣を身にまとい、首には紅玉、足首には[[ラピスラズリ]]の宝飾でそれぞれ飾り、7つ頭の武器「シタ」を荒々しく振りかざす。続いてアヌにエビフ山を滅ぼすための祈祷を捧げるが、「あそこは恐ろしい山であるから、逆らっても無駄である」とイシュタルに否定的だった。これを聞くや否やイシュタルは物凄い憤怒の形相を見せ、弓を手に執って大嵐を呼び、邪悪な粘土を運ぶ大洪水と邪悪な怒りに満ちた風を起こした。エビフ山へ赴くと山の根っこを掴んで雷鳴の如く吠え、森を罵り、木々を呪い、樹木を殺し、火を放った。神話はイシュタルがエビフ山に勝利宣言をして終わる。
 
=== ギルガメシュ叙事詩 ===
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=== 解説 ===
前述で触れたように、双方の内容には差異がある。まずイシュタルが冥界へ下った理由として、『イシュタルの冥界下り』では冥界の番人となったドゥムジを追うため、『イナンナの冥界下り』では姉エレシュキガルに代わり冥界を支配しようと思い立ったためであると考えられている<ref>松村(2013)p.357</ref><ref>岡田・小林(2008)p.173</ref>。何より『イナンナの冥界下り』と比べて短いながらも、より鮮明に冥界の様子が描かれている点は『イシュタルの冥界下り』を語る上で外せない話題となっている。
 
以下、『イシュタルの冥界下り』から抜粋した矢島文夫による訳文。