「島田陽子」の版間の差分

3歳から[[クラシックバレエ]]を習い、高校まではバレリーナを目指していた。中学1年生の時に[[劇団若草]]に入団<ref name="OFMKR4" />。
 
テレビドラマのデビュー作は[[1970年]]度版の『[[おさな妻]]』。
テレビドラマのデビュー作は[[1970年]]度版の『[[おさな妻]]』である。翌年放映の『[[氷点|続・氷点]]』では辻口陽子役を演じ、最終回の視聴率は42.7%に達した<ref>[https://web.archive.org/web/20110226164125/http://www.nikkansports.com/news2/entert2/rensai/rensai19.html 日刊スポーツ・特集「一夜でシンデレラガール 島田楊子」]</ref>。以降、出演依頼が殺到。1970年代の映画、ドラマで、正義感にあふれた良家の子女役を多く演じた<ref name="asagei">週刊[[アサヒ芸能]] 2012年6月28日特大号 90年代"ヘアバブル"の到来</ref>。
 
テレビドラマのデビュー作は[[1970年]]度版の『[[おさな妻]]』である。翌年放映の『[[氷点|続・氷点]]』では辻口陽子役を演じ、最終回の視聴率は42.7%に達した<ref>[https://web.archive.org/web/20110226164125/http://www.nikkansports.com/news2/entert2/rensai/rensai19.html 日刊スポーツ・特集「一夜でシンデレラガール 島田楊子」]</ref>。以降、出演依頼が殺到。1970年代の映画、ドラマで、正義感にあふれた良家の子女役を多く演じた<ref name="asagei">週刊[[アサヒ芸能]] 2012年6月28日特大号 90年代"ヘアバブル"の到来</ref>
 
1970年代の映画・テレビドラマで、正義感あふれる良家の子女役を多く演じた<ref name="asagei">週刊[[アサヒ芸能]] 2012年6月28日特大号 90年代"ヘアバブル"の到来</ref>。
 
[[1974年]](21歳)、“青春もの”学園ドラマ『[[われら青春!]]』(主演・[[中村雅俊]])でヒロインの女教師役を演じ、「清純派女優」として若者世代を中心に人気女優となる。
 
[[1980年]](27歳)、アメリカのテレビドラマ『[[将軍 SHOGUN]]』(映画編集され欧米・日本等で上映)でヒロイン・まり子役を演じ、“外国人男性に尽くす日本女性”としてアメリカで大人気となる。『[[将軍 SHOGUN]]』で「[[アカデミー賞]]の前哨戦」である[[ゴールデングローブ賞]]の主演女優賞を受賞して「'''国際女優'''」となる呼ばれた(『将軍 SHOGUN』がゴールデングローブ賞の作品賞と主演男優賞([[リチャード・チェンバレン]])も受賞)<ref name="OFMKR4" />。
 
『将軍 SHOGUN』の大ヒットを受け、翌[[1981年]](28歳)には、アメリカに在住する日系アメリカ人女性マラソン選手・[[ゴーマン美智子]]の自伝『走れ!ミキ』を映画化した作品『[[リトルチャンピオン]]』に主演した(アメリカ人スタッフによるオール・アメリカ・ロケの映画であるが制作国は日本)。
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