「オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダーク」の版間の差分

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==バイオグラフィー==
1975年にイギリス・[[リヴァプール]]で、学生時代から友人だった[[アンディ・マクラスキー]]と[[ポール・ハンフリース]]の2人が、ドイツの[[テクノ (ダンスミュージック)|テクノ]]・[[プログレッシブ・ロック]]カルテットの[[クラフトワーク]]に強い影響を受けて、デュオを結成。当時3台のラジオとテレビから録音したノイズ、ベースやギター、エコーユニットなどを使い、最初の曲を録音する。この時につくった曲のタイトルが'''"Orchestral Manoeuvres in the Dark"'''(「暗闇で演奏するオーケストラ団」という名)だったことからこの名を気に入り、当時隆盛を極めていたニューウェーブのシンセポップ・ユニットとして、当時新興レコード会社だった[[ヴァージン・レコード]]から1979年にデビューする。
 
1980年にイギリスで"Enola Gay"(日本語題、エノラ・ゲイの悲劇)がヒットする。この曲は日本で[[テレビ朝日]]で放送されていた「[[CNNデイウォッチ]]」のテーマ曲として使われたことでも知られた。また同年"Maid Of Orleans"(日本語題、オルレアンの少女)もヒットし、イギリスで着実にヒットを飛ばし続ける。1985年には[[MTV]]を通じて、その旋風がアメリカにも飛び火し、"SECRET"(日本語題、シークレット)<ref>日本では、当時[[ヤマハ発動機|YAMAHA]]から発売されていた[[スクーター]]、box'n(ボクスン)のCMソングに使われた。</ref>が全米シングルチャートのTOP100にチャートインすると、同年"So In Love"(日本語題、ソー・イン・ラヴ)で全米シングルチャートのTOP40入りを果たす。翌年1986年には"If You Leave"(日本語題、イフ・ユー・リーブ)<ref>当時公開中の映画『[[プリティ・イン・ピンク]]』のサウンドトラック盤にも収録された。</ref>が全米シングルチャートのTOP10ヒットとなり、この他にも"Forever(Live and Die)"(日本語題、リブ・アンド・ダイ)も全米TOP40ヒットとなり、これらの曲を収録したアルバム『CRUSH』と『THE PACFIC AGE』の2枚はプラチナムに輝いた。またこの間にワールド・ツアーを敢行し、1984年と1987年には日本で来日公演もおこなっている。