「古海卓二」の版間の差分

続いて省三は獏に「一ってのは英語で何や」と訊き、獏が「ワンや」、「二は?」「ツー」「そんなら三は何ちゅうんや?」「スリー」と答えたところで省三が、「そやけどワン、ツー、スリーちゅうたら気が抜けるがな。ワン、ツーはええが、スリーは日本語でいけ。ワン、ツーやのホイ、アッ! これ! これ! これでいこう!」と云い出し、以来マキノではこの号令が定番となった。[[衣笠貞之助]]、[[稲垣浩]]両監督は終生この号令で通している<ref>『映画渡世・天の巻 マキノ雅弘伝』([[マキノ雅弘]]、平凡社)</ref>。
 
獏の没後一年に、長男・古海巨が遺稿集を編纂・発行した。巨は『聴力障害新聞』編集長等を歴任した編集者である。古海と紅沢の間の娘を母にもち、孫に当たる[[三山喬]]が伝記を執筆した
 
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