「皇女」の版間の差分

(説明不十分を修正)
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もともとは、[[ヤマト王権|ヤマト政権]]の時代に有力[[豪族]]の子弟をさして広く「みこ」と称されており、しかし、次第に[[大王 (ヤマト王権)|大王]]の子弟を指すようになるにつれ、大王の女子を「ひめみこ」と呼称するようになった。[[天皇|天皇号]]の成立とともに皇女の字があてられるようになった。
 
しかし、8世紀以後、天皇の子女の身位として[[親王|親王号]]や[[内親王|内親王号]]が定着すると、特定の皇族子女の呼称としての皇子・皇女は使用されなくなった。ただし、天皇の女子一般を皇女と呼ぶ習慣は残り、第一皇女、第二皇女というように、天皇との[[続柄]]を指す場合に多用されるようになった。
 
特に貴族の社会では、母系の血筋も家門繁栄や昇進の目安であり、内親王を母に持つ者は、'''皇女腹'''(みこばら)といわれ、[[皇后]]を母とするという意味である后腹(きさいばら)と並び、尊い生まれとされた。
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