「リア王」の版間の差分

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==材源==
リア王のモデルは[[ブリタニアトン人]]の伝説の王[[レイア]]で、それに関するさまざまな文献が『リア王』の材源となっている。その中でもとくに重要なものは、史劇でも主材源として使っていたラファエル・ホリンシェッド([[:en:Raphael Holinshed|Raphael Holinshed]])の『年代記(Chronicles)』([[1587年]]出版の第2版)だが、これは[[12世紀]]の[[ジェフリー・オブ・モンマス]]の『[[ブリタニア列王史]]』に基づいている。[[1590年]]の[[エドマンド・スペンサー]]作『[[妖精の女王]]』にもコーディリアという名前の登場人物が出てきて『リア王』同様殺される。
 
他の材源としては、ジョン・ヒギンズの『[[為政者の鑑]] ([[:en:Mirror for Magistrates|Mirror for Magistrates]])』([[1574年]])、[[ジョン・マーストン]]の『不満家([[:en:The Malcontent|The Malcontent]])』([[1604年]])、[[シェイクスピア外典]]の『[[ロンドンの放蕩者]]』([[1605年]])、[[フィリップ・シドニー]]の『アーケイディア』(1580年 - 1590年。グロスター伯、エドガーとエドマンドの話はここから取られている)、[[1603年]]にジョン・フロリオ([[:en:John Florio|John Florio]])が英訳した[[ミシェル・ド・モンテーニュ]]の『[[エセー]]』、ウィリアム・ハリソン([[:en:William Harrison (clergyman)|William Harrison]])の『An Historical Description of Iland of Britaine』、[[ウィリアム・キャムデン]]([[:en:William Camden|William Camden]])の『Remaines Concerning Britaine』([[1606年]])、ウィリアム・ワーナー([[:en:William Warner (poet)|William Warner]])の『Albion's England(アルビオンのイングランド)』([[1589年]])、[[:en:Samuel Harsnett|Samuel Harsnett]]の『A Declaration of egregious Popish Impostures』(1603年)。エドガーが狂気を装った時に使う言い回しのいくつか)が挙げられる。
[[Image:King Lear.jpg|thumb|right|200px|おそらく1769年のジャン=フランソワ・デュシーによる上演でリア王を演じたLudwig Devrienを描いた絵(作者不詳、1769年)]]
;リア王 (King Lear)
:ブリテン王。生来の気性の荒さと老いからくる耄碌から、娘ゴネリルとリーガンの腹の底を見抜けず、悲嘆と狂乱のうちに哀れな最期を遂げる。
;コーディリア (Cordelia)
:リアの実直な末娘。リアに[[勘当]]されるが、誠実なフランス王の妃となる。
;ゴネリル (Goneril)
:リアの長女。オールバニ公の妻。リーガンと共に甘言を弄してリアを裏切る。
 
==あらすじ==
[[ブリテン]]の王であるリアは、高齢のため退位するにあたり、国を3人の娘に分割し与えることにした。長女ゴネリルと次女リーガンは言葉巧みに甘言を弄し父王を喜ばせるが、末娘コーディリアの直な物言いに立腹したリアはコーディリア彼女を[[勘当]]し、コーディリアをかばったケント伯も追放される。コーディリア彼女は勘当された身で[[フランス]]王妃となり、ケントは風貌を変えてリアに再び仕える。
 
リアは先の約束通り、2人の娘ゴネリルとリーガンを頼るが、裏切られて荒野をさまようことになり、次第に狂気にとりつかれていく。リアを助けるため、コーディリアはフランス軍とともに[[ドーバー (イギリス)|ドーバー]]に上陸、父との再会を果たす。だがフランス軍は敗れ、リアとコーディリアは捕虜となる。ケントらの尽力でリアは助け出されるが、コーディリアは獄中で殺されており、娘の遺体を抱いて現れたリアは悲しみに絶叫し世を去る。
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