「リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー」の版間の差分

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1985年5月8日の連邦議会での演説の中の「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」(永井清彦訳)という有名な一節は、演説が行われた当初は特に注目されていなかった<ref name="ina">伊奈久喜「ワイツゼッカー演説の謎」[[日本経済新聞]]、2014年8月24日</ref>。この一節を日本で最初に見出しにしたのは、岩波書店の雑誌「[[世界 (雑誌)|世界]]」1985年11月号で、[[朝日新聞]]も同年11月3日にコラムで取り上げている<ref name="ina"/>。岩波書店はさらに、1986年2月に演説全文を掲載したブックレット<ref>「荒れ野の40年 ウァイツゼッカー大統領演説全文」(岩波ブックレット55)1986年2月、ISBN 978-4000049955 『新版』ISBN 978-4000094672</ref>、1991年には単行本<ref>永井清彦「ヴァイツゼッカー演説の精神 過去を心に刻む」岩波書店、1991年12月、ISBN 978-4000001700</ref>を出版している。この頃からこの一節が有名になり、歴史認識で韓国が日本を批判するのにも使われるようになった<ref name="ina"/>。しかし、演説の3日前に[[ヘルムート・コール|コール]]首相と[[ロナルド・レーガン|レーガン]]米大統領が[[ナチス親衛隊]]も埋葬されている[[ビットブルク]]墓地を訪れ、ヴァイツゼッカーもレーガンに謝意を述べている。また演説の中には謝罪に当たるものはなく、「民族全体に罪があるということはない」「当時に子供だったり生まれていない人達が自分が手を下していない行為に対して罪を告白する事はできない」などと述べている<ref name="ina"/>。[[伊奈久喜]]は、これは日本の政治家が語れば「妄言」と批判されるかもしれない内容であり、ヴァイツゼッカー演説は史実とは異なる「神話」になった、と述べている<ref name="ina"/>。
 
ァイツゼッカーは演説の中で、ソ連も自らの利益のためにポーランドに侵攻したとし、ヒトラーの台頭を英仏が放置したことは無実とは言いかねるというチャーチルの言葉を引用し、戦後の東欧からの[[ドイツ人追放]]でドイツ人は不正にさらされた、と述べた。[[伊藤哲夫 (政治活動家)#日本政策研究センター|日本政策研究センター]]の岡田邦宏は、これは日本の首相が、日米開戦は日本だけではなく米国にも責任があると述べ、満洲でのソ連の蛮行や[[シベリア抑留]]に触れることにも等しい行為であるとし<ref name="seisaku201503">岡田邦宏 [http://www.seisaku-center.net/node/829 ワイツゼッカー演説の「したたかさ」に学べ]、『明日への選択』平成27年3月号、[[伊藤哲夫 (政治活動家)#日本政策研究センター|日本政策研究センター]]</ref>、演説が戦勝国側の非にも触れている点を評価した<ref name="seisaku201503"/>。
 
== 表彰・名誉博士号 ==