「川井貴志」の版間の差分

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;[[2001年]]
:首脳陣から一軍先発陣への定着を期待されたが、実際には主に中継ぎで公式戦25試合に登板。防御率も、3.38にまで改善させた。シーズン終了後には、自身と同じ左腕投手で、当時[[讀賣読売ジャイアンツ|讀賣読売ジャイアンツ(巨人)]]に在籍していた[[工藤公康]]との合同自主トレを敢行した。
 
;[[2002年]]
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