「南部信直」の版間の差分

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[[永禄]]8年([[1565年]])、従兄である南部氏第24代当主・[[南部晴政]]に男子が無かったため、その長女の婿となり養嗣子として[[三戸城]]に迎えられた。
 
永禄9年([[1566年]])と永禄11年([[1568年]])、[[鹿角郡]]に侵入した[[安東愛季]]軍を撃退し武名を挙げる。
 
{{要出典範囲|date=2016年3月|[[元亀]]元年([[1570年]])、晴政に実子・[[南部晴継]]が誕生すると次第に晴政から疎まれるようになる。