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|バガヴァッド・ギーター 上村勝彦訳|(第13章30節、34節)<ref group="訳注">13章は底本の違いにより節がずれるようです。</ref>
}}
 
== 注釈書と翻訳 ==
バガヴァッド・ギーターには、例えば[[ヴェーダーンタ学派]]、[[サーンキヤ学派]]、[[ヨーガ学派]]やその他の有神論的性格の思想など様々な哲学が取り込まれている。それぞれ違うバックグラウンドを持つ論評者が多く注釈を寄せているが、ギーターの持つ性質のために解釈もまた多岐にわたる。{{仮リンク|マイソール・ヒリヤンナ|en|Mysore Hiriyanna}}は以下のように表現している。
{{Quote|(ギーターは)解釈するのが最も難しい文献の1つであり、そのためにたくさんの注釈書が存在している。それぞれの解釈は重要な点で、あるいはその他の部分で他の解釈とは異なっている。<ref>{{Harvnb|Singh|2006|pages=54–55}}</ref>}}
 
=== 古典期 ===
====シャンカラ====
中世に書かれたもので最初期、かつ最も影響力のある注釈書は[[シャンカラ]](788–820年)によるものである<ref>Dating for Shankara as 788–820 AD is from: {{Harvnb|Sargeant|2009|page=xix}}</ref>。また、シャンカラは[[シャンカラ・アーチャーリヤ]]としても知られる<ref name="Zaehner, p. 3">{{Harvnb|Zaehner|1969|page=3}}</ref><ref>For Shankara's commentary falling within the Vedanta school of tradition, see: {{Harvnb|Flood|1996|page=124}}</ref>。シャンカラの注釈書は700行の詩から成るバガヴァッドギーターの校訂本を底本としており、この校訂本は他の論評者にも広く受け入れられている<ref>{{Harvnb|Gambhiranda|1997|page=xviii}}</ref>。
 
====ラーマーヌジャ====
[[ラーマーヌジャ]]の注釈書は主に神への帰依による解脱(バクティ・ヨーガ)に焦点を当てている<ref>{{Harvnb|Sampatkumaran|1985|page=xx}}</ref>。
 
====マドヴァ====
{{仮リンク|マドヴァ|en|Madhva}}は{{仮リンク|ドヴァイタ・ヴェーダーンタ|en|Dvaita}}の論評者であり<ref>For classification of Madhva's commentary as within the Vedanta school see: {{Harvnb|Flood|1996|page=124}}</ref>、1199–1276年<ref>Dating of 1199–1276 AD for Madhva is from: {{Harvnb|Gambhiranda|1997|page=xix}}</ref>か1238–1317年<ref name="Sargeant, p. xix"/>に生きた人物と考えられている。マドヴァチャーリヤー(Madhvācārya)としても知られ、二元論という視点からバガヴァッドギーターを読み解き、注釈書を記した<ref name="Zaehner, p. 3"/>。ウィンスロップ・サージェントはマドヴァ学派の主張する二元論を「絶対的な魂及び多くの魂と、物質及び物質の分割の間には永遠かつ完全な区別がある」と要約している<ref name="Sargeant, p. xix"/>。マドヴァの注釈書はギーター・ バーシュヤ(Gita Bhāshya)と呼ばれ、例えばパドマナーバ・ティルタ(Padmanabha Tirtha)、ジャヤティルタ(Jayatirtha)、ラガヴェンドラ・ティルタ(Raghavendra Tirtha)といったドヴァイタ・ヴェーダーンタの様々な高僧らにより注釈が書かれている<ref>{{Harvnb|Rao|2002|page=86}}</ref>。
 
====アビナバグプタ====
シヴァ派では<ref>For classification of Abhinavagupta's commentary on the ''Gita'' as within the Shaiva tradition see: {{Harvnb|Flood|1996|page=124}}</ref>著名な哲学者{{仮リンク|アビナバグプタ|en|Abhinavagupta}}(10-11世紀)が
ギータルタ・サングラハ(Gitartha-Samgraha)と呼ばれる校訂本に注釈を寄せている。
 
====その他の古典に分類される注釈書====
* {{仮リンク|バースカラ (哲学者)|en|Bhāskara (philosopher)}}
* {{仮リンク|ニムバルカ|en|Nimbarka}} (1162年)
* ヴィディヤーディラージャ・ティルタ(Vidyadhiraja Tirtha)、{{仮リンク|ヴァッラバ|en|Vallabha}}(1479年)
* {{仮リンク|マドゥースダナ・サラスヴァティ|en|Madhusudana Saraswati}}
* ラガヴェンドラ・ティルタ(Raghavendra Tirtha)
* ヴァナマーリー・ミシュラ(Vanamali Mishra)
* {{仮リンク|チャイタニヤ・マハープラブ|en|Chaitanya Mahaprabhu}} (1486年)<ref>{{Harvnb|Singh|2006|page=55}}</ref>
* {{仮リンク|ドニャネシュワール|en|Dnyaneshwar}}(1275–1296年) - [[マラーティー語]]への翻訳及び注釈。{{仮リンク|ドニャネシュワリ|en|Dnyaneshwari}}として知られる<ref>see {{Harvnb|Gyaānadeva|Pradhan|1987}}</ref>。
 
=== インド独立運動 ===
[[インドのナショナリズム|インドの民族主義者]]たちが社会運動、政治闘争のための民族的基盤を探していたときに、バガヴァッド・ギーターは彼らの活動に論理的解釈を与えた<ref>{{Harvnb|Robinson|2006|page=70}}</ref>。民族主義者の中でもたとえば[[バール・ガンガーダル・ティラク]]や[[マハトマ・ガンディー]]らはギーターの注釈書を記しており、彼らはバガヴァッド・ギーターを用いてインド独立運動のために人々を啓蒙した<ref>For B. G. Tilak and Mohandas Karamchand Gandhi as notable commentators see: {{Harvnb|Gambhiranda|1997|page=xix}}</ref><ref>For notability of the commentaries by B. G. Tilak and Gandhi and their use to inspire the independence movement see: {{Harvnb|Sargeant|2009|page=xix}}</ref>。ティラクは扇動の廉でイギリス領インド植民地政府より6年の禁固を課せられた際、1910–1911年に彼の注釈書{{仮リンク|シュリマド・バガヴァッド・ギーター|en|Shrimadh Bhagvad Gita Rahasya}}を記している<ref>Stevenson, Robert W., "Tilak and the Bhagavadgita's Doctrine of Karmayoga", in: {{Harvnb|Minor|1986|page=44}}</ref>。その中でティラクは、ギーターにはモークシャへ到達するための複数の道が示されているとする一方で、カルマ・ヨーガを特に強調した<ref>Stevenson, Robert W., "Tilak and the Bhagavadgita's Doctrine of Karmayoga", in: {{Harvnb|Minor|1986|page=49}}</ref>。ガンディーはバガヴァッド・ギーターを「スピリチュアル・ディクショナリー」と喩えており、彼の人生の中心にはギーターがあった<ref name="Minor,p.88">Jordens, J. T. F., "Gandhi and the Bhagavadgita", in: {{Harvnb|Minor|1986|page=88}}</ref>。1929年<ref name="Minor,p.88"/>、イェラヴダ牢獄収監中にガンディーは彼の注釈書の原稿を[[グジャラート語]]で書いた。{{仮リンク|マハデブ・デサイー|en|Mahadev Desai}}がそれを英語に翻訳し、自らの序文と注釈を追加した。このガンディーの注釈書はガンディーのはしがきとともに1946年に出版されている<ref>{{Harvnb|Gandhi|2009}}, First Edition 1946. Other editions: 1948, 1951, 1956.</ref><ref>A shorter edition, omitting the bulk of Desai's additional commentary, has been published as: ''Anasaktiyoga: The Gospel of Selfless Action''. Jim Rankin, editor. The author is listed as M.K. Gandhi; Mahadev Desai, translator. (Dry Bones Press, San Francisco, 1998) ISBN 1-883938-47-3.</ref>。
 
=== リバイバル ===
[[ヴィヴェーカーナンダ]]はバガヴァッド・ギーターの注釈書は書いていないが彼の思想には、例えば4つのヨーガ{{Refn|group="注"|バクティ・ヨーガ、ギャーナ・ヨーガ、カルマ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ。[[ヴィヴェーカーナンダ]]を参照。}}の教理などバガヴァッド・ギーターの影響が随所にみられる<ref>{{Harvnb|Minor|1986|page=131}}</ref>。ヴィヴェーカーナンダはギーターのメッセージを通してインド人が持ち合わせているはずの、しかし当時ほとんど表に出ていなかった、強いアイデンティティを呼び起こそうとした<ref>{{Harvnb|Minor|1986|page=144}}</ref>。{{仮リンク|バンキム・チャンドラ・チャットパディヤーイ|en|Bankim Chandra Chattopadhyay}}はヒンドゥー社会を取り巻く問題解決の糸口は純粋なヒンドゥー教のリバイバルにあると考えた。彼はバガヴァッド・ギーターを新しいインドのために再評価、再解釈することでそれを達成しようと試みた<ref>{{Harvnb|Minor|1986|page=36}}</ref>。[[オーロビンド・ゴーシュ]]は、ヒンドゥー教はギーターを通して普遍性を獲得したのだと主張しており、バガヴァッド・ギーターを「未来の宗教の聖典」として見ていた<ref>{{Harvnb|Robinson|2006|page=69}}</ref>。{{仮リンク|シヴァナンダ|en|Shivananda}}はギーターをヒンドゥー文学の至宝と呼び、バガヴァッド・ギーターの入門書を学校、大学のカリキュラムに組み入れることを提案した<ref>{{Harvnb|Robinson|2006|page=102}}</ref>。{{仮リンク|チンマヤーナンダ|en|Swami Chinmayananda}}はヒンドゥー教のモラルや価値観を再興するための活動の中でギャーナ・ヤジナのコンセプト(Gyaana yajna、神聖な知恵を喚呼する祈り)をバガヴァッド・ギーターから借りている<ref>{{Harvnb|Patchen|1994|pages=185–189}}</ref>。彼はギーターを普遍的な聖典として見ており、興奮、動揺の状態にある者を、洞察力と自己充足感を備え、そして活力に満ちた状態へと変化させるものと考えていた。1970年代、1980年代に急速に北米に広まった[[クリシュナ意識国際協会]]({{仮リンク|ゴウディヤ・ヴァイシュナヴァ派|en|Gaudiya Vaishnavism}})の教えは[[A・C・バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダ]]によるギーターの翻訳、[[バガヴァッド・ギーター あるがままの詩]]を基礎においている<ref>{{Harvnb|Jones|Ryan|2007|page=199}}</ref>。
 
=== 翻訳 ===
[[ファイル:Jagadguru Rambhadracharya at Baroda.JPG|thumb|alt=Rambhadracharya delivering a discourse|説教をする{{仮リンク|ランバドラチャーリヤ|en|Rambhadracharya}}。彼はバガヴァッド・ギーターを[[点字]]に翻訳した。]]
バガヴァッド・ギーターの最初の英語翻訳は[[チャールズ・ウィルキンズ]]によって1785年に行われた<ref>{{Harvnb|Clarke|1997|pages=58–59}}</ref><ref>{{Harvnb|Winternitz|1972|page=11|volume=1}}</ref>。1981年にはジェラルド・ラーソン(Gerald J. Larson)はギーターの40の英語翻訳を一覧にした。彼はギーターの翻訳と参考文献の完全な一覧を作ろうと思ったらほとんど無限のリストになるだろうと語っている<ref name=larson81>{{Citation |doi=10.2307/1398797 |author=Gerald James Larson |year=1981 |title=The Song Celestial: Two centuries of the Bhagavad Gita in English |journal=Philosophy East and West: A Quarterly of Comparative Philosophy |publisher= University of Hawai'i Press |volume=31 |issue=4 |pages=513–540 |postscript=. |jstor=1398797}}</ref>。
1986年、サンスクリット学者の{{仮リンク|バーバラ・ストーラー・ミラー|en|Barbara Stoler Miller}}は、たとえば[[T・S・エリオット]]、[[ヘンリー・デイヴィッド・ソロー]]、[[ラルフ・ワルド・エマーソン]]といった現代の[[英文学]]に見られるギーターの影響に焦点を当てた翻訳を出版した<ref>{{Harvnb|Miller|1986|pages=14–17}}</ref>。この翻訳は学者や文学評論家から評価を受け<ref>{{Harvnb|Bloom|1995|page=531}}</ref>、最も人気のある翻訳の1つとなっている<ref>{{Citation|last=Doniger|first=Wendy|title=Obituary: Barbara Stoler Miller|journal=Journal of Asian Studies|date=August 1993|volume=52|issue=3|pages=813–815|jstor=2058944|doi=10.1017/S002191180003789X}}</ref>。
 
ギーターは英語以外のヨーロッパの言語へも翻訳されている。たとえば[[フリードリヒ・シュレーゲル]]がドイツにおけるインド文献学のパイオニアとしてその名声を得た1808年の著作には、サンスクリット語からドイツ語へ直接翻訳された最初の詩が含まれている<ref>What had previously been known of Indian literature in Germany had been translated from the English. {{Harvnb|Winternitz|1972|page=15|volume=1}}</ref>。{{仮リンク|ランバドラチャーリヤ|en|Rambhadracharya}}は2007年、始めての[[点字]]のバガヴァッド・ギーターを出版した。この著作にはサンスクリットの原文、ヒンディーの注釈が添えられている<ref group=web>{{Cite news |date=3 December 2007 |url=http://zeenews.india.com/news/lifestyle/bhagwad-gita-in-braille-language_411003.html |title=Bhagavad Gita in Braille Language |work=Zee News |accessdate=24 April 2011}}</ref>。[[トルコ]]の学者であり政治家でもあった[[ビュレント・エジェヴィト]]はギーターを含む複数のサンスクリット文献を[[トルコ語]]に翻訳している。
 
==現代の評価==
18世紀の初頭、西洋の学者によるバガヴァッド・ギーターの翻訳、研究が始まると同時にギーターは評価と人気を集めるようになった<ref group=web name="EB-BG" />。インドの歴史家[[クシュワント・シン]]は[[ラドヤード・キップリング]]の有名な詩、「[[If—]]」はギーターの本質を英語に翻訳したものだと語っている<ref>[[クシュワント・シン|Khushwant Singh]], [http://www.outlookindia.com/article.aspx?211656 ''Review of ''The Book of Prayer by Renuka Narayanan'' ''], 2001</ref>。
 
=== 受容 ===
{{Main|{{仮リンク|バガヴァッド・ギーターの影響|en|Influence of Bhagavad Gita}}}}
マハトマ・ガンディー、[[サルヴパッリー・ラーダークリシュナン]]は言うに及ばず<ref>Modern Indian Interpreters of the Bhagavad Gita, by Robert Neil Minor, year = 1986, Page 161</ref>、バガヴァッド・ギーターは[[オルダス・ハクスリー]]、[[ヘンリー・デイヴィッド・ソロー]]、[[ロバート・オッペンハイマー]]<ref name="Hijiya"/>、[[ラルフ・ワルド・エマーソン]]、[[カール・グスタフ・ユング]]、[[ヘルマン・ヘッセ]]<ref name="bansi">{{Harvnb|Pandit|2005|page=27}}</ref><ref>{{Harvnb|Hume|1959|page=29}}</ref>、[[ビュレント・エジェヴィト]]<ref>{{Cite web|url=http://www.telegraphindia.com/1021114/asp/opinion/story_1363040.asp|title=The Telegraph - Calcutta : Opinion|work=telegraphindia.com|accessdate=2016年12月26日}}</ref>らに高く評価されている。ギーターに語られる無私の奉仕はガンディーに大いに刺激を与えた<ref name="gandhi"/>。彼は以下のように語る。
 
{{Quote|私は山上の垂訓にさえも見つけられない慰めをバガヴァッドギーターに見つけました。失望が私をじっと見つめてくるとき、一人きりで一筋の光明も見えないとき、私はバガヴァッドギーターに帰ります。するとそこかしこに詩を見つけ、私はたちまち笑顔になります。それが圧倒されるような悲劇のただ中にあっても、私はたちまち笑顔になります。もしその悲劇が私に目に見える傷、消すことのできない傷を残していないとすれば、全てはバガヴァッド・ギーターのおかげなのです<ref>Quotation from M. K. Gandhi. ''Young India''. (1925), pp. 1078–1079, is cited from {{Harvnb|Radhakrishnan|1993}} ''Front matter''.</ref><ref>{{Harvnb|Sahadeo|2011|page=129}}</ref><ref>{{Harvnb|Sharma|2008|page=42}}</ref>。}}
 
独立インドの初代首相[[ジャワハルラール・ネルー]]は以下のように語っている。
 
{{Quote|バガヴァッド・ギーターは、本質的には人間という存在の精神的根拠を扱っている。これはあなたに課せられた責務と倫理上の義務の遂行を喚起するものであり、宇宙の本質と壮大な目的を常に念頭に置いている<ref>{{Harvnb|Londhe|2008|page=191}}</ref>。}}
 
インドの11代大統領、[[アブドゥル・カラーム]]は[[イスラム教徒]]でありながらバガヴァッド・ギーターを愛読し、[[マントラ]]を暗唱した<ref>{{Cite web|url=http://www.ndtv.com/opinion/dr-kalam-indias-most-non-traditional-president-1201311?site=full|title=Dr Kalam, India's Most Non-Traditional President|accessdate=2016年12月26日}}</ref><ref>{{Cite web|url=http://archive.mid-day.com/news/2002/jun/25726.htm|title=Kalam a puppet of votebank politics|accessdate=2016年12月26日}}</ref><ref>{{Cite web|url=http://www.outlookindia.com/article/kalam-and-islam/216493|title=Kalam And Islam|accessdate=2016年12月26日}}</ref><ref>{{Cite web|url=http://www.rediff.com/news/2002/jun/22sai.htm|title=Kalam, Islam and Dr Rafiq Zakaria|accessdate=2016年12月26日}}</ref><ref>{{Cite web|url=http://www.rediff.com/news/special/tarun-vijay-india-was-his-gurukul-and-its-people-his-shishyas/20150728.htm?sc_cid=twshare|title=India was his Gurukul and its people, his shishyas|accessdate=2016年12月26日}}</ref>。
 
[[アメリカ]]の[[物理学者]]であり[[マンハッタン計画]]を指揮した[[ロバート・オッペンハイマー]]は1933年にサンスクリット語を学んでおり、バガヴァッド・ギーターを原文で読んだ。彼は後にギーターは彼の人生哲学の形成にもっとも影響を与えた本であると語っている。また1945年に世界初の核実験に立ち会った際にはバガヴァッド・ギーターの「私は世界を滅亡させる強大なるカーラである<ref>上村訳を引用</ref>」という一節が頭をよぎったと語っている<ref name="Hijiya">{{Cite book |last=Hijiya |first=James A. |title=The ''Gita'' of Robert Oppenheimer" ''Proceedings of the American Philosophical Society'', 144, no. 2 |accessdate=23 December 2013 |url=http://www.amphilsoc.org/sites/default/files/proceedings/Hijiya.pdf |format=PDF}}</ref>。
 
=== フィクションにおける受容 ===
1995年の小説およびそれを原作とした2000年の映画、[[バガー・ヴァンスの伝説]]はストーリーの大まかな流れをバガヴァッド・ギーターに倣っている<ref>https://www.hinduismtoday.com/modules/smartsection/item.php?itemid=3988</ref>。
 
== 関連項目 ==