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'''ロマ語'''(ロマご、'''ロマニー語、ジプシー語''')は[[インド・ヨーロッパ語族]][[インド語派]]の言語で、インドから北アフリカ、ヨーロッパへ移住した少数民族[[ロマ]](ジプシー)が使用する。
[[サンスクリット語]]が起源であるといわれ、現在北インドで使われている[[グジャラティ語]]、[[ヒンディー語]]、[[カシミール語]]などの諸言語とも、語彙・文法などの点で関連性があることが指摘されている<ref>木内信敬 『青空と草原の民族―変貌するジプシー』(白水社、1980年) 97ページ</ref>。
また、何百年という年月をかけて広大な地域を移動したことにより、彼らの通過地および滞在地の諸言語との相互的影響がみられる。ロマがインドからヨーロッパへ移動する間に関与した言語には[[ペルシア語]]、[[アルメニア語]]、[[アラビア語]]、[[トルコ語]]が、ヨーロッパ侵入後に影響を与えた言語には[[ギリシア語]]、[[ロシア語]]、[[ルーマニア語]]、[[ハンガリー語]]、更に[[ドイツ語]]、[[フランス語]]、[[英語]]がある<ref name="example">木内信敬 『青空と草原の民族―変貌するジプシー』(白水社、1980年) 98ページ</ref>。
近年ではロマの流浪範囲が狭くなり、一つの国から外に出ることが稀になったため、ますます接触言語の影響力が増してきている。このことはロマ語の方言化と話者の減少を加速させ、言語の消滅も危惧されている<ref name="example" />。
==歴史==
極初期のロマ語の実態に関する確かな歴史的な文献はない。また、ロマの先祖や、[[インド亜大陸]]からの移住の動機についてのどんな歴史的な証拠もない。ただ、インド・アーリア語における性区分は、7~10世紀ごろにかけて3つ(男性形・女性形・中性形)から2つ(男性形・女性形)へと変化していることから、ロマ語はこのころに[[サンスクリット]]などの影響を受けたと考えられ、ロマの祖先がインド亜大陸から出たのは10世紀ごろと推測される。 南アジアからの出発の後、狭い範囲の[[クルド語]]と[[アルメニア語]]、比較的長期に滞在していたトルコの[[アナトリア]]地方の言語や、[[ギリシャ語]]の影響が認められている。
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今日、ロマ語は42の欧州諸国で小集団によって話されている。イギリスの[[マンチェスター大学]]は、多くが消滅の危機下にあるロマ語方言の転写プロジェクトに取り組んでいる。
== ロマ語の現状 ==
==文字==▼
広範囲を流浪していた頃から、ロマは占い・行商などを生業とする上で、様々な国の言葉を話せる必要があり、ロマ語だけで生活する者は稀有だった。しかし、昨今では定住するロマが増えたことに加え、テレビ・ラジオの普及のため、ロマ語話者の減少・高齢化と、ロマ語と接触言語との混合が進んでいる<ref>木内信敬 『青空と草原の民族―変貌するジプシー』(白水社、1980年) 100ページ</ref>。
{{Main article|Romani alphabets}}▼
その一例として、イギリスのジプシーに話されているアングロ・ロマニー語があげられる。これは英語の影響が著しく、以下のように話される<ref>木内信敬 『青空と草原の民族―変貌するジプシー』(白水社、1980年) 101ページ</ref>。
・You're jessing to the buriker to fetch moro.
近年に書かれた学問的・大衆的ロマ語文学の圧倒的大多数は、ラテン語を基にした文字を用いている。<ref name="mat2002">{{Wikicite | id= Matras-2002 | reference= Matras, Yaron (2002). ''Romani: A Linguistic Introduction'', Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 0-521-02330-0.}}</ref>▼
(You are going to the shop to fetch bread.)
・Mandi can year the bavel in the ruckers.
(I can hear the wind in the trees.)
アングロ・ロマニー語では名詞、代名詞の性や格が消失し、複数・所有を表す英語の-sが用いられており<ref>風間喜代三「ロマーニー語」『言語学大辞典』第4巻、三省堂、1992,1070ページ</ref>、もはや語彙程度でしかロマ語の原型を留めていない。
▲==文字==
▲{{Main article|Romani alphabets}}
▲歴史的にはロマ語は文字を持たない言語である<ref name="m_d">{{Harvcoltxt|Matras|2006|loc=Definitions}}</ref>。近年に書かれた学問的・大衆的ロマ語文学の圧倒的大多数は、[[ラテン語]]を基にした文字を用いている
ロマ語のアルファベットを統一しようという試みは過去にもあったが、ある一つの方言を選択する方法にしろ、複数の方言を融合させる方法にしろ、ロマ語の標準語を定めることはできなかったため、アルファベットの統一も叶わなかった。現在ではそれぞれの方言に固有の表記方法を認めるのが主流の考え方となっている<ref name="errc">Matras, Yaron. [http://www.errc.org/cikk.php?cikk=2165 "The Future of Romani: Toward a Policy of Linguistic Pluralism"]. http://www.errc.org/cikk.php?cikk=2165.</ref> 。ネイティヴ話者が個々で筆記する際には、[[ルーマニア]]では[[ルーマニア語]]、[[ハンガリー]]では[[ハンガリー語]]といった具合に、周辺の主要言語の記述方法を基礎とするのが最も一般的である。その場合、それぞれの国の文字にロマ語の発音を反映する特殊なアルファベットを追加し、ロマ語の発音に近く表記される。
表記差の一例を示すと、「ロマ語」という意味のフレーズである[romaɲi tʃʰib]は、各方言で以下のように書かれる。
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románi szib, románi čib, romani tschib, románi tschiwi, romani tšiw, romeni tšiv, romanitschub, rromani čhib, romani chib, rhomani chib, romaji šjib.
一方で、ネイティヴ話者のネット上やEメールのやり取りでは、[[英語]]や[[チェコ語]]由来の正書法が用いられる傾向も、現在確認されている
=== Pan-Vlax system ===
言語学者の間では、パン・ヴラックス法(''Pan-Vlax system)という表記方法が支持されている
{| class="wikitable"
|+ Pan-Vlax systemにおけるロマ語の文字
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|}
== 音韻
ロマ語の音声システムはヨーロッパの言語の間ではそれほど珍しくない。 最も特徴的なのは有声音・無声音・有気閉鎖音の3つの対比がみられる点で、 ''p t k č''や''b d g dž、ph th kh čhが挙げられる
以下の表はロマ語の主な音を示す。音素や挿入語句はそれぞれの方言によって異なる。
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{{col-end}}
東ヨーロッパ、東南ヨーロッパのロマ語方言は一般に口蓋音化した子音を持つ
ロマ語の中でも保守的な方言は、一部の接辞で例外もみられるが、語末の強勢を保っている(例えば、名詞の対格を伴った呼格の語尾や格語尾や、遠い時制は例外となる)
中央ヨーロッパ及び西ヨーロッパの方言には、強勢が語のより前方に移ったものが多い
語末においては、有声子音は無声化し、気音は無気音化する。 しかし以下の表のように、表記上は有声音・気音がそのまま保たれる。
{| class="wikitable"
!表記
!発音
!意味
|-
|'''gad'''
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|(三人称単数に対して)止まれ!
|}
ロマ語は他の近代インド語と比較して、古風な音韻特徴がみられる。例えば、サンスクリット語のmṛta-「死んだ」は、ヒンディー語でmuaというが、ロマ語ではmuloとなり、語中のrを保持している。また、サンスクリット語のtrīṇi「3」はヒンディー語でtinというのに対して、ロマ語はtrinであり、語頭のtr- が保たれている<ref>下宮忠雄 『アグネーテと人魚、ジプシー語案内ほか』(近代文藝社新書、2011年) 93ページ</ref>。また、ほとんどのインド・アーリア語ではs ś șの区別がなくなり一つに統合されているが、アルメニア方言を除いたロマ語ではs šの2種が残っている<ref>風間喜代三「ロマーニー語」『言語学大辞典』第4巻、三省堂、1992,1069ページ</ref>。
==
[[性 (文法)|男性名詞・女性名詞]]、[[数 (文法)|単数と複数]]の区別がある。また、語順はVOS。
=== 形態論的特徴 ===
有生物と無生物で対格の変化が異なる。例えば、rakló「少年」の対格はraklésと変化するが、manřó「パン」の対格は主格と変わらない。
{| class="wikitable" border="1"
|+rakló「少年」の格変化<ref>下宮忠雄 『アグネーテと人魚、ジプシー語案内ほか』(近代文藝社新書、2011年) 94ページ</ref>
! 格 !! 単数 !! 複数
|-
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| rakl-éja! || rakl-ále(n)!
|}
単数の格語尾と複数の格語尾が同じであることは、形態法の膠着性を示しており、ハンガリー語やベンガル語、パンジャブ語にも同様にみられる。
=== 統辞論的特徴 ===
不定法の消失があげられる。I want to eat. のような表現はI want that I eat. のように表現される。これはバルカン語法と呼ばれる。バルカン語法は現代[[ギリシア語]]が起源とされ、[[アルバニア語]]、[[ブルガリア語]]、[[ルーマニア語]]にも普及している<ref>下宮忠雄 『アグネーテと人魚、ジプシー語案内ほか』(近代文藝社新書、2011年) 95ページ</ref>。
== ことわざ ==
ヨーロッパの各言語にみられる普遍的な内容のものが多く含まれるが、なかにはロマの流浪生活・気質が表われた独特なことわざもある。以下に例を挙げる<ref>下宮忠雄 『アグネーテと人魚、ジプシー語案内ほか』(近代文藝社新書、2011年) 101-104ページ</ref>。
・Barval'ipé lovénca, čoror'ipé g'il'énca. 「豊かな者はお金で暮らし、貧しい者は歌で暮らす。」
・Pen či glan o gadžende, te pene o čačepen rakre romanes. 「白人の前では何も言わず、真実をいうときはロマ語で言いなさい。」
・E b'ída god'í b'iyanéla. 「不幸は知性を呼び覚ます。」
・I tarni romni har i rosa. I puri romni har i džamba. 「若い女はバラのようだ。年老いた女はヒキガエルのようだ。」
・Paši mōl pennēna čačepen. 「ワインを飲むと人は真実を語る。」
==参考文献==
*関口義人『ジプシーを訪ねて』岩波新書、2011年
*下宮忠雄 『アグネーテと人魚、ジプシー語案内ほか』近代文藝社新書、2011年
*木内信敬 『青空と草原の民族―変貌するジプシー』白水社、1980年
*風間喜代三「ロマーニー語」『言語学大辞典』第4巻、三省堂、1992,1068‐70ページ
==脚注==
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