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[[宮崎義仁]]が日本代表の監督になってから代表メンバーに選ばれ2003年の[[第47回世界卓球選手権個人戦|世界選手権パリ大会]]、2004年の[[第47回世界卓球選手権団体戦|世界選手権ドーハ大会]]、[[アテネオリンピック (2004年) における卓球競技|アテネオリンピック]]に出場。[[ITTFプロツアー]]にも参戦している。
 
 
== 引退後の進路 ==
 
== 家系 ==
父は中国国家級監督で、元中国代表の[[周樹森]]。世界チャンピオンでアテネオリンピック金メダリストの[[張怡寧]]や世界大会2位の[[郭エン|郭焱]]、若手有望株[[リオデジャネイロにおける卓球競技|リオデジャネイロオリンピック]]金メダリストの[[丁寧 (卓球選手)|丁寧]]を発掘など、中国トップ選手を擁する[[中国超級リーグ]]「北京チーム」の前監督。定年による勇退後、2009年1月に[[シンガポール]]女子代表監督に就任。2010年世界大会(モスクワ)では19年間女王の座に君臨してきた[[中国]]を破りシンガポールを世界チャンピオンへと導いた。
 
母は元中国代表で中国チャンピオンの[[劉雅琴]]。世界卓球の優勝を期待されたが[[文化大革命]]の最中で、当時の中国代表は政治問題で世界選手権へは出場できなかった。