「哲学の慰め」の版間の差分

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== 影響 ==
 
{{cquoteCquote|その味を覚えれば、ほとんど中世の時代に帰化したも同然である -- <small>[[C・S・ルイス]]</small><ref>C. S. Lewis, ''The Discarded Image: An Introduction to Medieval and Renaissance Literature'', 1964, ISBN 0-521-47735-2, pg. 75</ref>
}}
[[カロリング朝]]の時代から中世の終焉前後にかけて、ヨーロッパの世俗文学の中で本書は最も多く[[写本]]が作成された。本書は最も有名かつ影響力の高い哲学書で、哲学者や神学者が読むのと同じだけ政治家、詩人、歴史家も読んだ。古典時代の思想が中世西洋世界で利用可能になったのはボエティウスを通じてのことであった。ボエティウスは「最後の[[ローマ人]]にして最初の[[スコラ学]]者」<ref name="Dante Divine">[[Dante Alighieriダンテ・アリギエーリ|Dante]] placed Boethius the “last of the Romans and first of the Scholastics” among the doctors in his Paradise (see ''[[The Divine Comedy]]'') (see also below).</ref>だとしばしば言われる。
 
[[Imageファイル:Consolation of philosophy 1385 boethius images.jpg|thumb|200px|『哲学の慰め』1385年イタリアの写本より:講義を行うボエティウスと収監されたボエティウス]]
 
本書の哲学的な主張は中世の宗教的に敬虔な慣習によく馴染んだ。読者は世界の金や権力といった物を追い求めないで内的な徳を追い求めるように掻き立てられた。悪には善に転じると助けを提供するという目的があるが、悪に苛まれることは有徳なことだとされた。神は、神への愛や祈りによって宇宙を統治しており、愛が真の幸福へと導いてくれる{{cnCn|date=November 2011}}。中世には、運命論を却下するという生き生きした感覚をもって、ボエティウスの内にキリスト教の聖霊に酷似した生の解釈が見いだされた。『哲学の慰め』は[[ルキウス・アンナエウス・セネカ|小セネカ]]の異教の哲学と『哲学の慰め』より後の時代の[[トマス・アクィナス]]の[[キリスト教哲学]]との間で、決定論的な特徴とキリスト教の謙遜という教義から成り立っていた<ref name=Cambridge>''[[The Cambridge History of English and American Literature]]'', [http://www.bartleby.com/211/0605.html Volume I Ch.6.5: ''De Consolatione Philosophiae''], 1907–1921.</ref>。
 
本書はプラトンとその対話篇から大きな影響を受けている<ref name=Cambridge />。
 
: 「芸術や文学、科学で大きな仕事をなす前に人が気持ちを落ち着けて黙想をしたりや祈りをささげたりするようにこの人間の内面の時代がルネサンスの生産性の準備をしていないなどと誰が言えようか?中世は政治的にも経済的にも困難な時代だったが、『哲学の慰め』からどれだけの内面的な幸福が得られたかは計り知れない<ref name="Beck">Sanderson Beck (1996).</ref>。」
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