「デロリアン」の版間の差分

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エンジンは[[プジョー]]・[[ルノー]]・[[ボルボ]]が乗用車用に共同開発した[[PRVエンジン|PRV]]型、[[V型6気筒]][[SOHC]]2,849ccを[[フランス]]で製造したもので、これを後部に搭載する[[リアエンジン]][[レイアウト]](RR)を採った。このパワートレインとレイアウトは、[[トランスミッション]]の[[歯車比]]やエンジンの[[チューニング]]は異なるものの、[[アルピーヌ・ルノーA310]]・V6とも共通する。このエンジンは当初90°[[バンク]]の[[V型8気筒]]として設計されていたが、[[1973年]]の[[オイルショック]]の影響で出力よりも経済性を重視せざるを得なくなり、そのままのバンク角で2気筒を切り落とした経緯を持つ実用型である。
 
前[[宣伝]]の効果も手伝って、多くのバックオーダーをかかえる中でのスタートとなり、初年度は約6,500台を販売するなど売り上げは好調であった。この時期は[[ターボチャージャー]]の搭載や、4枚ガルウイングドアの4座仕様などの追加計画もあったが、発売価格が2万5,000ドル.現在の価値で${{formatnum:{{inflation|US|25000|1981}}}}ドル.<ref>{{Cite web|url=http://www.minneapolisfed.org/research/data/us/calc/ |title=What is a dollar worth? |publisher=The Federal Reserve Bank of Minneapolis | accessdate=May 9, 2008}}</ref>(これを当時の為替レートで計算すると約1600万円)と高額であったことや、大量のキャンセルなどから、翌年以降はたちまち売り上げ不振に陥った。
現在の価値で${{formatnum:{{inflation|US|25000|1981}}}}ドル.<ref>{{Cite web|url=http://www.minneapolisfed.org/research/data/us/calc/ |title=What is a dollar worth? |publisher=The Federal Reserve Bank of Minneapolis | accessdate=May 9, 2008}}</ref>(これを当時の為替レートで計算すると約1600万円)と高額であったことや、大量のキャンセルなどから、翌年以降はたちまち売り上げ不振に陥った。
 
また[[北アイルランド]]への工場誘致の条件として交付されていたイギリス政府からの[[補助金]]が停止された。後に[[エンロン]]の会計監査も行った[[アーサー・アンダーセン]]が、デロリアン社の資金を社長ジョン・デロリアンが私的に流用するなどしたことを黙認していたことが[[マスメディア]]の調査などで明らかになっている。
さらに[[1982年]]10月19日に、社長のジョン・デロリアンが[[コカイン]]所持容疑で[[逮捕]]されるスキャンダルが発生したことにより(後に無罪)、会社は資金繰りが立ち行かなくなり、[[倒産]]に至った<ref>[http://www.jigowatt.org/dmc/history.html デロリアンの歴史]</ref><ref>[http://www47.tok2.com/home/clearblue2/delorean/history.htm 5分で分かるデロリアンの歴史]</ref>。
 
DMC-12の短い生産期間中には風変わりなバージョンも製造された。1981年モデルの最後を締めくくったのが2台の純金パネル仕様車で(1台12万5,000ドル.現在の価値で${{formatnum:{{inflation|US|125000|1981}}}}ドル.という)、1台は現在も[[ネバダ州]][[リノ (ネバダ州)|リノ]]のNational Auto Museumに展示、もう1台は[[テキサス州]]のSnyder Bankに展示されていたが2004年頃に撤去された。なお、最後に製造された車も純金パネルであったが、これは[[宝くじ]]のような[[富くじ]]方式で一般人の手に渡った。
現在の価値で${{formatnum:{{inflation|US|125000|1981}}}}ドル.という)、1台は現在も[[ネバダ州]][[リノ (ネバダ州)|リノ]]のNational Auto Museumに展示、もう1台は[[テキサス州]]のSnyder Bankに展示されていたが2004年頃に撤去された。なお、最後に製造された車も純金パネルであったが、これは[[宝くじ]]のような[[富くじ]]方式で一般人の手に渡った。
 
最終生産車が作られたのは工場閉鎖後のことで、工場に残っていたパーツ等で1982年12月24日に作られた4台が一般向け生産の最後となった。最終的に8,583台が製造されたと見られているが、500台が調整用として確保されたため実質8,083台と思われる。
Wynneは、アメリカの[[テキサス州]][[ヒューストン]]郊外に約3700[[平方メートル|m<sup>2</sup>]]の工場を建設し、そこで新DMC-12を再生産することを計画している。オリジナルのDMC-12には[[電装]]系や[[配線]]などにトラブルがあったが、新バージョンではそれらは改善される予定である。生産台数は、月20台とデロリアン社時代と比べて減るものの、ファンからの期待は高いようである<ref>{{cite web|url=http://blog.wired.com/gadgets/2007/07/delorean-to-re-.html|title=DeLorean To Re-Enter Limited Production in 2008|publisher=Gadget Lab from Wired.com|accessdate=2014-07-10}}</ref>。
 
現在、全ての補給部品と現行品による新車も[http://www.delorean.com/ デロリアン・モーター・カンパニー]に注文できる。また整備、[[中古車]]の売買の仲介等も行なっているようである。
に注文できる。また整備、[[中古車]]の売買の仲介等も行なっているようである。
 
2011年10月、Stephen Wynneはベンチャー[[電気自動車|EV]]メーカー・[http://www.evepic.com/ Epic EV] と協力し、DMC-12を2013年までにEV化して生産する計画を発表した。<ref>{{cite web|url=http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1110/19/news044.html|title=「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でおなじみの「デロリアン」が電気自動車になって復活 - ねとらぼ]|accessdate=2014-07-10|}} - なお、この記事によるとStephen Wynneは現在DMCの商標を取得しているとあり、プレスリリースもDMC名義で発表されている。</ref>。