「全日本FJ360選手権」の版間の差分

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== 概要 ==
1973年に[[日本自動車連盟]](JAF)はフォーミュラ振興策を打ち出し、フォーミュラカーレースの国内トップカテゴリーとして[[全日本F2000選手権]]を新設して同時に、下位カテゴリーとして[[全日本FJ1300選手権]]と全日本FJ360選手権も新設された。FJ360は[[排気量]]が360ccの[[軽自動車]]のエンジンを使用するカテゴリだったが、丁度その時期に[[軽自動車]]の規格の改定が進められていたため、実際のレースは数回開催されただけで、[[排気量]]が500ccに増え拡大され[[FL500]]になった。
 
名称のFJ360のFは[[フォーミュラカー]]のFを意味しておりJはJuniorの[[頭文字]]に由来して360は[[排気量]]に由来する。
 
[[軽自動車]]が普及したからこそ存在しえた日本特有のカテゴリで[[出力重量比]]が当時の[[F1マシン]]に近かったこともあり、俊敏な加速性能やコーナーリングにより、ミニF1とまで呼ばれた<ref name="yuiracingschool">[http://blog.renault.jp/yuiracingschool/?cat=24 第197回 34年ぶりに昔の相棒と ]</ref>。
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エンジンは当時の[[軽自動車]]の標準的なエンジンだった[[排気量]]0.36Lの[[2ストローク]]エンジンが使用された。
 
FJ360と同様に入門用とされていた[[FJ1300]]のような他のカテゴリではレーシングコンストラクタが予め用意したシャーシを使用するため、購入者が手を加える余地は限られていたが、FJ360ではレーシングコンストラクタが供給するシャーシに混ざり、自作のマシンで参戦するチームもあり、接戦を繰り広げるなど、レースを大いに盛り上げた。後にレギュレーションが改定され[[FL500]]になったことでエンジンを換装して出場する者もいたとされる。低コストで参戦できるという敷居の低さが日本のモータースポーツの[[黎明期]]において裾野を広げる重要な役割を果たした。後年、同じく軽自動車のエンジンを搭載する[[フォーミュラ・スズキKei]]や[[FK4]]が開発され、さらに、実現には至らなかったものの自分でマシンを組み立てて参戦するというモータースポーツの黎明期の再来を目標に[[フォーミュラ20]]が提案され、試作車が製造された<ref>[http://www.sports-carracing.net/2008/2008news.htm Sports-Car Racing]</ref><ref>[http://www.jmia.jp/formula/formula01.html (たぶん)最終的にFORMULA20になりました。]</ref><ref>{{cite journal|和書|title=REAL RACE|volume=2|date=2008-12-03 |publisher=[[日本自動車レース工業会]] }}</ref>。
 
== 関連項目 ==
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* [[フォーミュラ・Vee]]
* [[フォーミュラSAE]]
* [[フォーミュラ20]]
* [[FL500]]
* [[FJ1300]]
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* [[フォーミュラ・スズキKei]]
* [[フォーミュラ・スズキ隼]]
* [[FE1]]
* [[FE2]]
* [[FK4]]
}}