「ダニエル・カール」の版間の差分

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森園千歳 (会話 | 投稿記録)
森園千歳 (会話 | 投稿記録)
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ハイスクール入学後は、交換留学生として[[奈良県]][[五條市]]にある[[智辯学園中学・高等学校]]で一年間を過ごす。大学時代には再来日し、[[大阪府]][[枚方市]]にある[[関西外国語大学]]で4ヶ月間、その後[[京都府]]の[[二尊院]]に2ヶ月ホームステイしている。その後更に[[佐渡島]]で4ヶ月ほど[[文弥人形]]づかいの弟子入りを果たし、その様子は「日本の伝統に挑戦するアメリカ人学生」としてテレビの取材も受けている。[[カリフォルニア州]]にある[[パシフィック大学]]を卒業。
 
大学卒業後は三たび来日し、[[文部省]]英語指導主事助手として[[山形県]]に赴任する。中学校で3年間英語教育に従事し、その間に現地の同僚(主に中学校教師)からその後のトレードマークとなる山形弁を教わり、マスター。その後山形県で英語指導主事助手として勤務する。同じ中学校で英語教師であった[[日本人]]の夫人(現在翻訳家)となる女性と出会って、2年の交際を経て結婚(3人の息子を儲ける)した。

その後学校教員を退職し、[[東京]]でセールスマンを経て翻訳・通訳サービス業務を行う会社を設立する。また会社経営をする一方で、そのキャラクターが受け、マルチタレントとしても活躍するようになった。カールの会社は元々の業務である翻訳サービスだけでなく、カールのタレント業の事務所としても機能している。この事務所には、[[作家]]の[[北方謙三]]や[[自動車評論家]]の[[徳大寺有恒]]らも所属していた<ref>「生きる力=ポジティブシンキングで道を拓く」『[http://www.suku-noppo.jp/pro/07/002.html 山形弁研究家のダニエル・カールさんへのインタビュー02:スクスクのっぽくん]』ルーティ。</ref>。
 
現在では[[テレビ]]に出演する際は山形弁がメインなために、場合によっては山形弁しか話せない印象を与えかねないキャラクターだが、実際には学生時代にホームステイの経験もあり、[[関西弁]]、[[佐渡弁]]などもマスターしており、当然[[標準語]]も話せる。[[日本語]]以外に会話可能な[[外国語]]としては、自身のルーツがドイツに遡る事から[[ドイツ語]]など。[[母語]]は[[英語]]である。