「スジャーター」の版間の差分

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== 概要 ==
[[釈迦]]は、6年にわたる生死の境を行き来するような激しい苦行を続けたが、苦行のみでは[[悟り]]を得ることができないと理解する。修行を中断し責めやつしすぎた身体を清めるためやっとの思いで付近のナイランジャナー川(Nairañjanā、尼連禅河)<ref>現在のファルグ河。([[:en:Phalgu]])</ref>に沐浴をした。
 
スジャータは、「もし私が相当な家に嫁ぎ、男子を生むことがあれば、毎年百千金の祭祀(Balikamma)を施しましょう」とニグローダ樹に祈った。その望みの通りになったため、祭祀を行っていた。スジャータの下女は、プンナー(PuNNā)(Puññā)樹下に坐していた釈迦を見て、樹神と思い、スジャータに知らせた。すると、スジャータは、喜んでその場に赴いて、釈迦に供養した。釈迦は、スジャータから与えられた[[ライスプディング|乳がゆ]](Pāyāsa)を食して、ネーナイランジャー川に沐浴した。なお、『スッタニパータ』では、スジャータは、この乳がゆに、諸天妙汁(Oja)を加えていたと記している。
 
心身ともに回復した釈迦は、心落ち着かせて、近隣の森の大きな[[ゴータマ・ブッダの菩提樹|菩提樹]]下に座し、(東アジアの伝承では[[12月8日 (旧暦)|旧暦12月8日]]に)遂に叡智を極め悟りを得て、[[仏教]]が成道した。
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[[ブッダガヤ]]に「スジャータ村」としてその名を残す。
 
==脚注==
<references />
 
 
== 関連項目 ==