「トム・スコット (ミュージシャン)」の版間の差分

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作曲家で編曲家のネイザン・スコットを父に、ピアニストの母を持つ。9歳の時[[ベニー・グッドマン]]等の影響でクラリネットを演奏し始める。12歳の時にスクール・バンドに入り、バリトン・サックスを担当、独学で作曲、編曲を学ぶ。伝説的なサックス奏者[[ジョン・コルトレーン]]に影響され自己スタイルを築く。1968年に初ソロ作''"Honeysuckle Breeze"''を[[インパルス!レコード]]より発表。1970年になると[[ボブ・シール]]([[:en:Bob Thiele|Bob Thiele]])創立のフライング・ダッチマン(Flying Dutchman Records)に移籍。
 
1973年に自己バンドL.A.エクスプレスを結成、翌年には[[ビートルズ]]のメンバー、[[ジョージ・ハリスン]]のツアーに参加。またその翌年には[[ポール・マッカートニー]]のシングル[[あの娘におせっかい]]の間奏でソロを取っている。このようにジャズに拘らず、ロックやポップの分野にも範囲を広く持つ。この他ジャズ以外での分野では、[[ホイットニー・ヒューストン]]、[[バーブラ・ストライサンド]]、[[ジョニ・ミッチェル]]、[[スティーリー・ダン]]や[[クインシー・ジョーンズ]]等と共演している。
 
1978年には[[ブルース・ブラザーズ]]のオリジナルメンバーとして参加。1981年には若い頃の[[マーカス・ミラー]]や[[リチャード・ティー]]等ニューヨーク勢のミュージシャンと共演したライヴアルバム''"[[アップル・ジュース (アルバム)|Apple Juice]]"''を[[コロムビア・レコード]]より発表。1980年代後半になると[[GRPレコード]]に移籍、1992年にGRP創設10周年記念として結成した[[GRPレコード#GRPオールスタービッグバンド|GRPオールスタービッグバンド]]に参加。1994年にGRPの創設者[[デイヴ・グルーシン]]と[[ラリー・ローゼン]]([[:en:Larry Rosen (producer)|Larry Rosen]])が離れ、レーベルの方針が変わってきたために[[ウィンダム・ヒル・レコード|ウィンダム・ヒル・ジャズ]]に移籍、しかしウィンダム・ヒルはジャズ部門を閉鎖する事になり、[[ハイアー・オクターヴ]]に移籍する。
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