「小川哲哉」の版間の差分

[[1972年]][[9月]]にTBSを退社し<ref name="TBS50th_s_ogawatetsuya">{{Cite book|和書|title=TBS50年史 資料編|chapter=III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録|pages=237|editor=東京放送|publisher=東京放送|date=2002-01|quote=小川哲哉[1972.9退社] R「ダイヤモンドハイウェイ(1966)」「パック」「ゴーゴーヤング(1970)」 TV「あの虹をつかもう(1972)」「JNNニュースショー(1972)」}}</ref><ref name="tbsana_ogawatetsuya">{{Cite book|和書|title=TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編|chapter=TBSアナウンサーの動き|pages=18|editor=東京放送|publisher=東京放送|date=2002-01|quote=小川 哲哉…[66.1R局放送部兼TV編成局アナウンス部兼報道局ニュース取材部][67.11 アナウンサー研修室付兼R局第一制作部][68.6 R局第一制作部兼アナウンサー研修室付][69.3 放送部兼第一制作部兼第二制作部兼アナウンサー研修室付][70.7 R本部アナウンス室][72.9 退社] R「ダイヤモンドハイウェイ(66)」「パック・イン・ミュージック(69)」「歌の明星(69)」「歌謡天国(69)」「一万円クイズ(69)」「速報!JRN歌謡ベストテン(69)」「ゴーゴーヤング(70)」「TODAY(70)」 TV「あの虹をつかもう(72)」「JNNニュースショー(72)」|format=DVD-ROM & PDF}}</ref>、フリーアナウンサーとなり、テレビ、ラジオ出演以外にも、イベント、パーティー、結婚披露宴などでも司会を務めたり、ナレーターとしても活躍している。『[[決定!全日本歌謡選抜]]』や『[[ザ・チャンス]]』での軽快な話術でお茶の間に親しまれた。
 
{{独自研究範囲|[[芸映]]、[[バーニングプロダクション]]との関わりも深い|date=2014年10月}}。
 
{{独自研究範囲|また高橋圭三プロダクションの創設時の所属でもあり[[高橋圭三]]の後継者とも言われた時期があった|date=2014年10月}}。
== 出演番組 ==
*[[ダイヤモンド・ハイウェイ]](1966年、TBSラジオ)<ref name="TBS50th_s_ogawatetsuya" /><ref name="tbsana_ogawatetsuya" />
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