「一国社会主義論」の版間の差分

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本質的には、ちがったところは、なにもない。<ref>スターリン「十月革命とロシア共産主義者の戦術」、『スターリン全集』第6巻、大月書店、1952年、396ページ</ref>}}
 
スターリンは「一国だけの力で社会主義を建設しとげることができるかという問題」と「プロレタリアートの独裁をかちえた国は、他の一連の国々で革命が勝利しなくても、外国の干渉から、したがってまた、古い制度の復活からまったく安全であると考えることができるかという問題」を分離し、後者は否定したが前者は肯定した<ref>スターリン『レーニン主義の諸問題によせて』、『スターリン全集』第8巻、大月書店、1952年、85ページ</ref>。その論拠は、帝国主義の発展は不均等なため、革命は後進的な弱い環の部分で起こすことが可能だが、世界が同一条件で同時に統一と団結を保ちながら、革命を遂行するには無理がある、との立場に立っている<ref>「わかりやすい極左・右翼・日本共産党用語集 三訂」(警備研究会、立花書房、2008年)p129</ref>。
 
トロツキーはこの理論を世界革命の放棄と見なして激しく批判した。しかし権力闘争に勝ったスターリンの理論はボリシェヴィキの公式見解となり、各国の[[共産党]]へと普及していった。