「スーパーカセットビジョン」の版間の差分

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'''スーパーカセットビジョン'''とは、日本で[[1984年]]に[[エポック社]]が[[カセットビジョン]]の次世代機として発売した[[ゲーム機|家庭用ゲーム機]]である<ref name="denshi">コアムックシリーズNO.682『電子ゲーム なつかしブック』p.63.</ref>。次世代機ではあるが、カセットビジョンとの[[互換性]]は無く、カセットビジョンのカートリッジや周辺機器は一切使用できない。
 
== 概要 ==
[[1981年]]にエポック社によって日本市場へ投入されたカセットビジョンは発売以来、順調なセールスを遂げて40万台(資料によっては45万台<ref name="complete">山崎功『家庭用ゲーム機コンプリートガイド』主婦の友インフォス情報社、2014年</ref><!--p.24-->)もの売上げを記録し、当時の日本の家庭用ゲーム機シェアの7割を獲得する成功を収めた。
 
ところが日本市場では[[任天堂]]の[[ファミリーコンピュータ]]やセガ(後の[[セガゲームス]])の[[SG-1000]]など相次いで他社より次の世代のゲーム機が登場したため、カセットビジョンと他社機との性能差が大きく開く事となる。そこで[[エポック社]]は新たに、[[NEC]]がハードウェア開発を担当して共同開発を行った家庭用ゲーム機・スーパーカセットビジョンを日本で、本体価格14800円で[[1984年]][[7月17日]]に発売する<ref name="denshi"/>。性能はカセットビジョンと比べて圧倒的に向上した<ref name="denshi"/>
 
日本市場では[[1987年]]までに30タイトルの[[ゲームソフト|ソフト]]が発売され、日本以外では[[YENO]]より[[フランス]]にて[[OEM]]で15タイトルが発売された。
しかし当時すでに任天堂・セガ・エポック社以外の競合機種はほぼ展開を終了していたこともあり、その後も本機は業界3番手として1987年を迎える頃まで地道な展開が続けられた。最終的なタイトル数は30本に及び、展開期間で平均すれば実に毎月1本のペースで新作ソフトが発売されている。これは単一のメーカーの実績としては決して低いものではないが、積極的なサードパーティ戦略をとった任天堂や、豊富なアーケード資産を抱えていたセガには及ばなかった。
 
エポック社は1986年末<ref name="complete" /><!--p.56-->にゲーム市場から一時撤退、以降家庭用ハードは開発・発売していない。その後1989年12月15日発売の『[[ファミコン野球盤]]』でファミリーコンピュータのサードパーティとして参入し、ゲームソフトメーカーとなった。
 
一方で本機のハードウエアを担当していた[[NECグループ]]は、1987年に本機と入れ替わる形で[[日本電気ホームエレクトロニクス|NEC-HE]]から[[PCエンジン]]を発売し、家庭用テレビゲーム市場に参入を果たしている。
#[[スーパーカセットビジョン用ソフト#ドラえもん|ドラえもん]] 「のび太のタイムマシン大冒険」
#[[スーパーカセットビジョン用ソフト#ベーシック入門|ベーシック入門]]
#[[ドラゴンスレイヤー (ゲーム)|ドラゴンスレイヤー]] <ref name="denshi"/>「前代未聞麻薬的爽快遊戯」
#[[スーパーカセットビジョン用ソフト#乱闘プロレス|乱闘プロレス]] 「家庭のTVが四角いジャングルになった!!」
#[[スーパーカセットビジョン用ソフト#ワイワイモンスターランド|ワイワイモンスターランド]] 「眠れる森のモンスターたち……」
#[[スーパーカセットビジョン用ソフト#ドラゴンボール ドラゴン大秘境|ドラゴンボール ドラゴン大秘境]] 「摩訶不思議かっとびアドベンチャー」
#[[マッピー]] <ref name="denshi"/>「追って、追われて……」
#[[スカイキッド]] <ref name="denshi"/>「痛快!大空青春」
#[[ポールポジションII]] 「予選スタートです」
 
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