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== 名称の由来 ==
梵名サンスクリットのアヴァロキテシュヴァラとは、{{IAST翻字併記|sa|अवलोकितेश्वर|Avalokiteśvara |avan}}(遍く+を、[[玄奘]]は「見下ろす({{IAST翻字併記|lokitasa|अवलोकित|avalokita |n}}(見る、見た)+)」と「自在者({{IAST翻字併記|sa|ईश्वर|īśvara|n}}(自在者)という語)」の[[合成語]]との説が現在では優勢である。[[玄奘三蔵]]による訳解釈し'''観自在'''菩薩はそれを採用しているこになる訳した<ref>『大唐西域記』巻三「中有阿縛盧枳低湿伐羅菩薩像(唐言「観自在」。合字連声、梵語如上。分文散音、即「阿縛盧枳多」訳曰「観」、「伊湿伐羅」訳曰「自在」。)」</ref>。[[鳩摩羅什]]訳では「観世音」であったが、玄奘は「古く光世音、観世音、観世音自在などと漢訳しているのは、全てあやまりである」といっている。<ref>[[#松原・三木1999|松原・三木1999]] {{要ページ番号|date=2015-11-03}}</ref>
 
[[鳩摩羅什]]の旧訳一方は観世音菩薩と言い当時の[[中国大陸]]での呼称も、観世音菩薩であった。しかし、[[玄奘三蔵]]以降の新訳では観自在菩薩と訳しており、玄奘は古く光世音、観世音、観世音自在などと漢訳しているのは、全てあやまりであるといっている。<ref>[[#松原・三木1999|松原・三木1999]] {{要ページ番号|date=2015-11-03}}</ref>一方で、観世音菩薩という訳語には、『'''[[観音経]]'''』[[華経]]』「観世音菩薩普門品第二十五)の趣意を取って意訳したという説がある。また、中央アジアで発見された古い[[サンスクリット]]の『法華経』では、「{{IAST|avalokitasvara}}」('''アヴァロキタスヴァラ''')({{翻字併記|sa|अवलोकितस्वर|avalokitasvara|n}})となっており、これに沿えば「見下ろす({{IAST翻字併記|sa|अवलोकित|avalokita |n}})」+「音・声観)+{{IAST翻字併記|sa|स्वर|svara|n}}(音))」と解され、また古訳では『光世音菩薩』の訳語もあることなどから、異なるテキストだった可能性は否定できない。なお、現在発見されている写本に記された名前としては、{{IAST|avalokitasvara}}がもっとも古形であり<ref>[[#山中2010|山中2010]] p.120</ref>、[[ローケーシュ・チャンドラ]]はこの表記が原形であったとしている<ref>{{cite journal|author=Lokesh Chandra |date=1984 |title=The Origin of Avalokitesvara |url=http://www.indologica.com/volumes/vol13/vol13_art13_CHANDRA.pdf |journal=Indologica Taurinenaia |volume=XIII (1985-1986) |pages=189–190 |publisher=International Association of Sanskrit Studies |accessdate=31 July 2016 |deadurl=yes |archiveurl=https://web.archive.org/20140606205922/http://www.indologica.com/volumes/vol13/vol13_art13_CHANDRA.pdf |archivedate=June 6, 2014 }}</ref>。
「観自在」とは、智慧をもって観照することにより自在の妙果を得たるを意味する。また衆生に総てを畏れざる無畏心を施す意で'''施無畏者'''、世を救済するので'''救世大士'''ともいう。
 
観音菩薩という呼び名は、一般的には観世音菩薩の略号と解釈されている。<ref>大宮司朗『仏尊の図鑑』{{full|date=2015-11-03}}{{要ページ番号|date=2015-11-03}}<!--国会図書館サーチに無し-->、[[#松原1972|松原1972]]{{要ページ番号|date=2015-11-03}}。</ref>{{要出典範囲|また、[[唐]]代に、「世」の文字が二代皇帝太宗[[李世民]]の名(諱)の一部であったため、[[避諱]]の原則により、唐代は「世」の文字は使用できなくなった。そのため、「観音菩薩」となり、唐滅亡後も、この名称が定着したという説もある。|date=2015-11-03}}</ref>
[[鳩摩羅什]]の旧訳では観世音菩薩と言い、当時の[[中国大陸]]での呼称も、観世音菩薩であった。しかし、[[玄奘三蔵]]以降の新訳では観自在菩薩と訳しており、玄奘は「古く光世音、観世音、観世音自在などと漢訳しているのは、全てあやまりである」といっている。<ref>[[#松原・三木1999|松原・三木1999]] {{要ページ番号|date=2015-11-03}}</ref>一方で、観世音菩薩という訳語には、『'''[[観音経]]'''』([[妙法蓮華経]]観世音菩薩普門品第二十五)の趣意を取って意訳したという説がある。また、中央アジアで発見された古い[[サンスクリット語]]の『法華経』では、「{{IAST|avalokitasvara}}」('''アヴァローキタスヴァラ''')となっており、これに沿えば{{IAST|avalokita}}(観)+{{IAST|svara}}(音)と解され、また古訳では『光世音菩薩』の訳語もあることなどから、異なるテキストだった可能性は否定できない。なお、現在発見されている写本に記された名前としては、{{IAST|avalokitasvara}}がもっとも古形であり<ref>[[#山中2010|山中2010]] p.120</ref>、[[ローケーシュ・チャンドラ]]はこの表記が原形であったとしている<ref>{{cite journal|author=Lokesh Chandra |date=1984 |title=The Origin of Avalokitesvara |url=http://www.indologica.com/volumes/vol13/vol13_art13_CHANDRA.pdf |journal=Indologica Taurinenaia |volume=XIII (1985-1986) |pages=189–190 |publisher=International Association of Sanskrit Studies |accessdate=31 July 2016 |deadurl=yes |archiveurl=https://web.archive.org/20140606205922/http://www.indologica.com/volumes/vol13/vol13_art13_CHANDRA.pdf |archivedate=June 6, 2014 }}</ref>。
 
観音菩薩という呼び名は、一般的には観世音菩薩の略号と解釈されている。<ref>大宮司朗『仏尊の図鑑』{{full|date=2015-11-03}}{{要ページ番号|date=2015-11-03}}<!--国会図書館サーチに無し-->、[[#松原1972|松原1972]]{{要ページ番号|date=2015-11-03}}。{{要出典範囲|また、[[唐]]代に、「世」の文字が二代皇帝太宗[[李世民]]の名(諱)の一部であったため、[[避諱]]の原則により、唐代は「世」の文字は使用できなくなった。そのため、「観音菩薩」となり、唐滅亡後も、この名称が定着したという説もある。|date=2015-11-03}}</ref>
 
日本語の「カンノン」は「観音」の[[呉音]]読みであり、[[連声]]によって「オン」が「ノン」になったものである。
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