「山本七平」の版間の差分

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== 評価 ==
*『小林秀雄対談集 歴史について』(文藝春秋 1972年)で、[[小林秀雄 (批評家)|小林秀雄]]が、[[河上徹太郎]]、[[今日出海]]との対談で『日本人とユダヤ人』に触れ、「ベンダサンという人が『語呂盤』という言葉を使っている」ことを紹介し、「フランスの教育におけるテーム(作文)の重大性というものはとても日本では考えられぬということを、以前パリにいたとき、[[森有正]]君がしきりに言っていた。テームの問題には、数学の定理まであるということを彼は言っていた。面白く思ったから覚えているのだが、それが、今度ベンダサンの本を読んで、はっきりわかった気がした。」「もっと微妙なことを言っているが、まあ読んでみたまえ。面白い。」と述べている。
* 『私の中の[[日本軍]]』{{要ページ番号|date=2015年10月}}において、自らの軍隊経験から、[[日本刀]]は2~3人切ると使い物にならなくなると主張した。また、同じ刀を使った場合でも、状況によって切れ味は1,000倍も違うとも評した。この部分は、文学者の文学的表現と言われる。また、戦地という劣悪な状況下で日々酷使され、満足に手入れも出来ず自然とナマクラになってしまった刀に限った話であり、本来の日本刀の性能について誤解を招くものだという批判がある<ref>[[秦郁彦]]「いわゆる「百人斬り」事件の虚と実(二)」『政経研究』2006年2月{{要ページ番号|date=2015年10月}}</ref>。さらに、同書における『戦ふ日本刀』からの引用は、自説に都合の良い部分のみを引用した不正確なものだという批判もある<ref>秦郁彦「いわゆる「百人斬り」事件の虚と実(二)」『政経研究』2006年2月 P96-P97</ref>。また、山本は[[本多勝一]]との[[百人斬り競争]]における論議において、[[イザヤ・ベンダサン]]の名義で、持論である「日本刀は2~3人斬ると使い物にならなくなる」という論理を中心に本多を批判した。この論理はこの論争の後に一般に広がった。
* [[浅見定雄]]は、『にせユダヤ人と日本人』において、『日本人とユダヤ人』における[[翻訳]]の誤りを指摘し(たとえば、[[聖書]]の「[[ヨハネの黙示録の四騎士|蒼ざめた馬]]」を山本は間違った訳であると言うが、これは正しい訳である<ref>「すばらしき正訳『蒼ざめた馬』」『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版(朝日新聞社、1986年)、pp.93-106。ISBN 4-02-260416-6。</ref>など)、山本の語学力を批判した。山本が訳者となった、浅見自身の師である聖書学者の著書を題材に、山本が高校生レベルの英文を理解できず、明らかな誤訳をしているとして、「[[ヘブル語]]や[[アラム語]]はおろか、[[英語]]もろくに読めない」<ref>『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版p.68。</ref>人物だと批判した<ref>「山本七平式英文和(ゴ)訳の方法」『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版pp.265-283。</ref>。また浅見によると『日本人とユダヤ人』によって、一般に流布されていた「ユダヤ人は全員一致は無効」という話も、実は完全な嘘あるいは間違いであり、「こんな無知な人が何をどう言おうとも、現代[[イスラエル]]国の裁判所や国会で全員一致が無効とされるわけではなく、また世界各地のユダヤ人が、さまざまな集会から家族会議まで、あらゆる生活場面で全員一致をやっている事実が消えてなくなるわけでもない」<ref>『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版p.73。</ref>と批判した<ref>「全員一致は有効」『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版pp.63-74。</ref>。また「ニューヨークの老[[ユダヤ人]]夫婦の高級ホテル暮らし」というエピソード<ref>英語版(リチャード・ゲイジ訳)の『日本人とユダヤ人』からは完全にこのエピソードはカットされている。浅見は、英訳本では、原書の記述の中で、アメリカ人の常識から見て事実ではない、おかしいと思える箇所が多数にわたり説明無しにカットされたり勝手に書き換えられており、この部分のカットもその一例であると指摘している(『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版p.22)。</ref>も、実際にはあり得ない話で、「この話は全部、一つ残らず、まったく、ウソ」<ref>『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版p.16。</ref>であると批判した。そして、同書が「『フィクション』ではなく『評論』」である以上、「解釈の違いは別にして評論の対象は実在しなければならない」にも関わらず「本書は作り話の上に成り立っている」ことから、「本書の価値はゼロどころかマイナス」<ref>『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版p.23。</ref>であると批判した<ref>「実在しない『ユダヤ人』の話」『にせユダヤ人と日本人』朝日文庫版pp.16-28。</ref>。