「村田顕弘」の版間の差分

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[[2007年]]、中田の妻が四段入りを期待しながら6月に没したことに発奮し、同年秋にその弔いとなる四段昇段を果たした<ref>産経新聞 2007年10月22日</ref><ref>日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「[http://www.shogi.or.jp/topics/2007/09/post-126.html 村田顕弘・及川拓馬 新四段誕生のお知らせ]」</ref>。第41回三段リーグ(2007年度前期)での成績は15勝3敗(1位)。21歳でのプロ入りである。
 
初参加の第34期(2008年度)[[棋王戦 (将棋)|棋王戦]]の予選を勝ち上がり、本戦出場。同じく初参加の第67期(2008年度)C級2組[[順位戦]]では8勝2敗の好成績を挙げ、新四段4名の中で唯一の勝ち越し。また、[[2009年]][[10月16日]]の[[竜王戦]]6組3位決定戦において、[[新人王戦 (将棋)|新人王戦]]優勝で波に乗る強敵・[[広瀬章人]]を破り、7連勝で5組へ昇級。デビューから6割台の年度勝率を連発し、[[糸谷哲郎]]、[[豊島将之]]、[[稲葉陽]]とともに「関西若手四天王」<ref>2010年2月13日放送の「[[囲碁・将棋ジャーナル]]」</ref><ref>[http://astand.asahi.com/magazine/wrnational/2011060800010.html?iref=webronza 「羽生世代がもたらした、速さと若さの時代」(倉沢鉄也)WEBRONZA+社会・メディア - WEBマガジン - 朝日新聞社(Astand)]</ref>と呼ばれるようになる。
 
第4回[[朝日杯将棋オープン戦]](2010年 - 2011年)で予選突破。本戦1回戦で[[久保利明]]を破る。また、第59期(2011年度)[[王座戦 (将棋)|王座戦]]で本戦進出(ベスト16)。
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