「菊地常夫」の版間の差分

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その後、三段で12勝3敗を記録し、[[1975年]][[6月19日]]に26歳でプロ入りを果たす。
 
プロ1年目(1975年度)は、第15期[[十段戦 (将棋)|十段戦]]と第24回[[王座戦 (将棋)|王座戦]]で一次予選を突破、第3回名棋戦でベスト8進出、第2期[[棋王戦 (将棋)|棋王戦]]で[[丸田祐三]] を破るなどして、上々のスタートを切る。
 
当時、[[名人戦 (将棋)|名人戦]]と[[順位戦]]の主催紙が[[朝日新聞社]]から[[毎日新聞社]]に移行する関係で、順位戦が1977年度に再開されるまで待たされる。その間、菊地(棋士番号119)と同時昇段の[[伊藤果]](同118)から[[松浦隆一]](同132)まで15人が次々とプロ入りする。その中には、中学生の[[谷川浩司]](同131)や後にタイトルを獲る[[田中寅彦]](同127)もいた。これにより、C級2組の人数は19名から33名に膨れ上がった。
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