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== 経歴 ==
北周の[[宗室]]の宇文永の子として生まれた。奉朝請・殿中侍御史を初任とし、司徒右長史・安東将軍を歴任した。[[宣武帝]]の娘の陽平公主を妻とし、駙馬都尉に任ぜられた。[[孝武帝 (北魏)|孝武帝]]が[[高歓]]に疑心を抱くようになると、帝は宇文測を使者として高歓に備えるよう宇文泰に伝えさせた。宇文測が使者をつとめて帰還すると、広川県伯に封ぜられた。孝武帝が[[関中]]に入ると、宇文測はこれに従って、爵位は公に進んだ。
 
宇文泰が[[丞相]]となると、宇文測はその下で右長史となり、国政の事務の多くを委任された。宇文測は宗室の遠近を定めて、属籍に附記した。通直散騎常侍・黄門侍郎に任ぜられた。