「第49回NHK紅白歌合戦」の版間の差分

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=== 司会について ===
*両司会については、紅組司会には[[NHK放送センター|東京アナウンス室]]在籍3年目(NHK在籍自体は5年目)ながら大抜擢される形となった[[久保純子]]、白組司会には2年連続での登板となる[[SMAP]]の[[中居正広]]がそれぞれ起用された。なお、今回の司会発表は[[11月10日]]に行われた。
*久保は司会発表会見にて、紅組司会の話を聞いた時の心境を聞かれ、「『私でいいんかい?』と思った」と述べた。久保・中居は当時26歳同士(久保は早生まれ)であり、この両司会について、「44年ぶり!NHK女性単独[[日本のアナウンサー|アナウンサー]]の紅組司会」「26歳同士。若さと明るさで乗り切る!」と好意的なマスコミもあった一方、初起用である久保に対して「若さ」を危惧する声が局の内外から上がっていたのも事実だった。総合司会で久保の先輩([[慶應義塾大学]]の先輩でもある)である[[宮本隆治]]<ref>久保は宮本を大変尊敬している。</ref>は久保に対し、当時『[[NHK歌謡コンサート]]』(紅白同様、NHKホールから生放送)の司会をしていた経験から司会の指導を行った。[[12月30日]]のリハーサル終了後、「宮本さん、なんだかウキウキしてきました!」との久保の言葉を聞いた宮本はこの瞬間、久保の凄さと番組の成功を確信したという<ref name="Miyamoto">{{Cite web|url=http://ichimon.main.jp/no37/37miyamoto.html |title=紅組司会・短期養成講座 宮本隆治|publisher=いちもんのホームページ|accessdate=2016-02-16}}</ref>。また、久保は本紅白での紅組司会起用が決定した直後より、各[[週刊誌]]<ref>『[[週刊宝石]]』1998年12月10日号など</ref>で[[フリーアナウンサー]]転身・[[民間放送|民放]]移籍が報じられるようにもなった(その[[2004年]][[4月]]、フリー転身した)。
*[[有働由美子]]は後輩である久保が自身より先に紅白の司会に選出されたことに不満を持ち、これがきっかけで2人は確執関係になったとの報道があった<ref>『[[芸能ニッポン]]』1999年4月号</ref>。なお、久保は以後[[第51回NHK紅白歌合戦|第51回]]([[2000年]])まで紅組司会を連続して担当したが、[[第52回NHK紅白歌合戦|第52回]]([[2001年]]) - [[第54回NHK紅白歌合戦|第54回]]([[2003年]])は久保に代わって有働が紅組司会を務める格好となる(2000年に結婚した久保は翌年に産休入りしたことで同年の第52回では司会候補から外れ、代わって有働が選出される運びとなった)。
*一部メディアは[[第48回NHK紅白歌合戦|前回]]初出場を果たした[[広末涼子]]や[[江角マキコ]]が紅組司会の有力候補と報じていた。