「張無忌」の版間の差分

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|内功=九陽真経<br>武当九陽功
|軽功=梯雲縦
|武功=九陽神功<br>乾坤大移<br>[[太極拳]]<br>[[太極剣]]<br>聖火令武功<br>武当長拳<br>七傷拳<br>龍爪手<br>降龍十八掌(第一部)
|武器=聖火令<br>屠龍刀<br>倚天剣<br>白虹剣
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=== 武術の達人への道のり ===
秘境であった谷を抜け出してからというもの、ずば抜けた内力により、まずは武烈、何太冲、丁敏君等を負かし、蛛児を助ける。更には砂漠にて、滅絶師太の三掌を受けた後でも大したケガをせずに済んだ。その後「布袋和尚」説不得により乾坤一袋に閉じ込められ、光明頂に連れて行かれるが、ついには九陽神功を極めた。園真に追われている最中に隠し通路に入り込んで、偶然にも明教の教神功である乾坤大移を発見し、更にはそれを短時間で第七層まで習得してしまい、乾坤大移の創造者すらをも超えてしまう。この時には既に、一二を争うほどの[[武術]]使いになっており、『[[射雕英雄伝|射鵰英雄伝]]』と『[[神雕剣侠|神鵰剣俠]]』の中に出てくる「[[天下五絶]]」にも肩を並べるほどであった。
 
六大正派が明教を攻めるため光明頂を囲んだ際、見かねた張無忌は六大正派の代表を打ち破り、優れた[[武術]]を世の中に知らしめた。そのために、一同に推薦され明教第三十四代教主となる。[[張三豊]]の指導を得て、[[太極拳]]と[[太極剣]]を習得した後には天下無敵に更に一歩近づく。[[ペルシア]]明教三位使者の奇怪な[[武術]]に翻弄され、手も足も出ない状況になるが、彼らの聖火令武功を身に付けた後は究極を極める。この時に至っては、少林寺の高僧ですらも相手にはならないほどであった。その後明教の教主の名の下に、各派との隔たりをなくすことに力を尽くした。
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:[[達磨]]が書いたとされる武術書。'''九陽神功'''と呼ばれる最上の内功が書かれている。
 
;乾坤大移(けんこんだいない)
:明教に伝わる武術。起源をたどれば、[[ラシード・ウッディーン・スィナーン|山の老人]]にまで遡る。気の運用方法と、その使い分けの方法を記している。既に本家であるペルシアには完全な形では残ってはいなかったが、中原にはほぼ完全な形で残っていた。才能のある者でも第1層から2層へは7年、2層から3層には14年かかるのだが、張無忌はすでに九陽真経で究極の内功を修めていたこと、また困難な部分にあたると医学の理論に照らすことで解決したことにより、ものの数時間で第6層まで到達。これを修めることで張無忌は武術の達人となった。
:のちに、ペルシアの聖火令を小昭に翻訳してもらった上で7層の文面と照らし合わせると、張無忌は乾坤大移の7層まで到達している。
 
;[[太極拳]]、太極剣