「ブラジルの歴史」の版間の差分

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== 先コロンブス期 ==
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[[ファイル:Debret37Famille d’un Chef Camacan se préparant pour une Fête.jpg|thumb|260px|ブラジルのインディオ。]]
現在のブラジルの地に人間が居住したのは、[[アジア]]から[[ベーリング海峡]]を渡った人々が、紀元前8000年頃に現在のブラジルに到達したのが最古のものであると確認されている<ref group="註釈">ブラジル高校歴史教科書は「現在のミナスジェライス洲ラゴーアサンタ地方で発見された、石斧、石槌、水晶の破片、貝塚がその証拠である。」と書いている。シッコ・アレンカール他著、明石書店 2003年 21ページ</ref>。[[1492年]]の[[クリストヴァン・コロンボ]]のアメリカ大陸到達以前([[先コロンブス期]])において、現在のブラジルに相当する地域には、遠く離れたタワンティンスーユ([[インカ帝国]])の権威は及ばず、この地には原始的な農耕を営む{{仮リンク|トゥピ人|en|Tupí people|label=トゥピ族}}・[[グアラニー族]]・[[アラワク族]]系の、後にヨーロッパ人によって「[[インディオ]]」([[インド人]])<ref group="註釈">「[[インディオ]]という用語自体、スペイン人が造り出したものであり、[[インディアス]]([[アジア]])に到達したという誤解の産物である。」シッコ・アレンカール他著 明石書店 2007年 21ページ</ref>と名づけられる人々が暮らしていた。一般に、先住民(現在生きている先住民含む)は、原始共同体<ref group="註釈">先住民の生活は、夫婦と子ども単位で暮らし、弓矢や石斧などの労働用具は個人の所有物であり、畑を耕したり、狩猟・漁労に頼っていた。全員が働き、性別や年齢に基づいた分業が行われ、女性は料理したり、育児をしたり、畑で作物を栽培したりし、収穫時は男性も協力した。一方、男性は、戦争、狩猟、漁労、土地を開墾し畑用地を獲得することなどに従事した。伐採後の樹木は焼かれ、今日の「焼き畑」に相当し、現代も農村部で行われている。このような社会に社会階級はなく、競争はそれほど激しくなく、連帯を大切にし、村落の首長も労働は義務であった。老人の生き方については[[アーサー・ベン]]の映画『[[小さな偉人]]』(1970年)に表現されているという。シッコ・アレンカール他著 明石書店 2007年 23-25ページ</ref>のもとで生活していた。
 
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