「中津軽郡」の版間の差分

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=== 郡発足以降の沿革 ===
[[ファイル:Aomori NakaTsugaru-gun 1889.png|frame|1.清水村 2.豊田村 3.千年村 4.岩木村 5.東目屋村 6.藤代村 7.大浦村 8.高杉村 9.和徳村 10.堀越村 11.駒越村 12.相馬村 13.西目屋村 14.新和村 15.船沢村 16.裾野村(紫:弘前市 青:合併なし *:発足当時の弘前市)]]
* 明治11年([[1878年]])[[10月30日]] - [[郡区町村編制法]]の青森県での施行により、津軽郡のうち弘前城下ほか1町114村の区域に行政区画としての'''中津軽郡'''が発足。郡役所が弘前城下に設置。
[[ファイル:Aomori NakaTsugaru-gun 1889.png|frame|1.清水村 2.豊田村 3.千年村 4.岩木村 5.東目屋村 6.藤代村 7.大浦村 8.高杉村 9.和徳村 10.堀越村 11.駒越村 12.相馬村 13.西目屋村 14.新和村 15.船沢村 16.裾野村(紫:弘前市 青:合併なし *:発足当時の弘前市)]]
* 明治22年([[1889年]])[[4月1日]]
** [[市制]]の施行により、弘前城下の大部分(紙漉町を除く<ref>この時点では紙漉町のほか、本町、在府町、相良町、元大工町、元長町、塩分町、上白銀町、森町、覚仙町、茂森町、西茂森町、茂森新町、古堀町、古堀新割町、新寺町、新寺町新割町、北新寺町、土手町、品川町、山道町、住吉町、新品川町、鍛冶町、新鍛冶町、北川端町、桶屋町、銅屋町、南川端町、松森町、楮町、新楮町、富田町、富田新町、和徳町、北横町、茶畑町、茶畑新割町、代官町、植田町、緑町、萱町、南瓦ヶ町、上瓦ヶ町、中瓦ヶ町、北瓦ヶ町、南柳町、坂本町、西川岸町、田代町、山下町、北柳町、南横町、徳田町、徒町、徒町川端町、親方町、一番町、百石町、百石町小路、東長町、元寺町、元寺町小路、上鞘師町、下鞘師町、鉄砲町、下白銀町、笹森町、長坂町、蔵主町、大浦町、田茂木町、田町、祢宜町、若党町、小人町、春日町、亀甲町、馬喰町、鷹匠町、馬屋町、西大工町、新町、駒越町、平岡町、五十石町、袋町、紺屋町、浜ノ町が存在。</ref>)の区域をもって'''[[弘前市]]'''が発足し、郡より離脱。