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== 著書 ==
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* 1913年 『円窓より』平塚らいてう著、東雲堂(発禁)→)1913年→ 1985年複製、[[不二出版]]『叢書『青鞜』の女たち』
* 1913年 『〔トザシ〕ある窓にて』平塚らいてう著、東雲堂、1913年
* 1914年 『現代と婦人の生活』平塚らいてう著、日月社 1914
* 1917年 『現代の男女へ:らいてう第三文集』平塚らいてう著、南北社、1917年 [[大空社]] 1996
* 1917年 母性婦人と子供復興権利[[エレン・ケイ]]平塚明著、らいてう訳天佑社新潮1919 久山 1995
*『女性の言葉』[[教文社]]、1926
* 1919年 『婦人と子供の権利』平塚明著、天佑社
* 1926年 女性の言葉雲・草・人』平塚らいてう著、教文社[[小山書店]] 1933
* 1933年 雲・草・人母の言葉子供の研究と教育叢書、平塚明小山刀江院 1937
* 1948年 『母子随筆』平塚らいてう著、桃李書院 1948
* 1937年 『子供の研究と教育叢書』第7、平塚明子著、刀江書院
*『わたくしの歩いた道』新評論社 1955
* 1948年 『母子随筆』平塚らいてう著、桃李書院
* 1972年 『元始、女性は太陽であった:平塚らいてう自伝』続、平塚雷鳥著、[[大月書店]] 1971-73 のち[[国民文庫]]
* 1951年 『われら母なれば:平和を祈る母たちの手記』平塚らいてう、櫛田ふき''共監修''、青銅社
* 1955年 わたくろ女人歩いた道』性を礼拝せよ:平塚らいてう著、性道徳集』[[人文書院]] 1977
* 1971年 元始、女性は太陽であった:'''平塚らいてう自伝著作集'''上・下、平塚雷鳥著、[[全7巻 大月書店]]
:1 (青鞜)1983
* 1972年 『元始、女性は太陽であった:平塚らいてう自伝』続、平塚雷鳥著、大月書店
:2 (母性の主張について)1983
* 1973年 『元始、女性は太陽であった:平塚らいてう自伝』完、平塚雷鳥著、大月書店
:3 (社会改造に対する婦人の使命)1983
* 1977年 『むしろ女人の性を礼拝せよ:平塚らいてう新性道徳論集』平塚らいてう著、人文書院
:4 (むしろ性を礼拝せよ) 1983
* 1983年6月 - 1984年6月 『平塚らいてう著作集1〜7』、平塚らいてう著作集編集委員会編、大月書店
:5 (婦人戦線に参加して)1984
* 1983年11月 『平塚らいてう著作集 補』、平塚らいてう著作集編集委員会編、大月書店
:6 (娘に母の遺産を語る) 1984
* 1987年5月 『平塚らいてう評論集』小林登美枝、[[米田佐代子]]編、(『[[岩波文庫]]』)、[[岩波書店]]
:7 (私は永遠に失望しない) 1984
* 1992年3月 『元始、女性は太陽であった:平塚らいてう自伝』1、2、3、4、平塚らいてう著、(『国民文庫』)、大月書店
* 1983年11月 『平塚らいてう著作集 補』、平塚らいてう著作集編集委員会編、大月書店 1983
* 1994年10月 『作家の自伝、8』平塚らいてう著、岩見照代編解説、(『シリーズ・人間図書館』)、日本図書センター
* 1987年5月 『平塚らいてう評論集』[[小林登美枝]]、[[米田佐代子]]編、(『[[岩波文庫]])、[[岩波書店]]1987
* 1995年10月 平塚らいてう『婦人と子供の権利』 久山社
* 1996年1月『金いろの自画像 平塚らいてう『現代ことば男女へ花束米田佐代子編空社月書店 2005
 
* 2005年5月 平塚らいてうほか『金いろの自画像』 大月書店
===監修===
* 1951年 『われら母なれば:平和を祈る母たちの手記』平塚らいてう、[[櫛田ふき'']]共監修''、青銅社 1951
 
===翻訳===
*[[エレン・ケイ]]『母性の復興』新潮社、1919年
 
== 論文 ==
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