「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」の版間の差分

改名提案
(改名提案)
{{改名提案|エスタディオ・デ・ラ・セラミカ|t=ノート:エル・マドリガル|date=2017年4月}}
 
{{スタジアム情報ボックス
|スタジアム名称 = エスタディオ・エル・マドリガル <br/>Estadio El Madrigal
[[画像:El madrigal 2.jpg|thumb|right|外壁に備え付けられたパネル]]
 
'''エスタディオ・エル・マドリガル '''('''Estadio El Madrigal''')は、[[スペイン]]・[[ビジャバレンシア州]][[カステリョン県]][[ヴィラ=レアル]]にあるスタジアム。[[ビジャレアルCF]]のホームスタジアム。収容人数は25,000人。
 
== 歴史 ==
1923年6月17日に落成して'''カンポ・デル・ビジャレアル'''と名付けられ、[[CDカステリョン]]対[[セルバンテス (スペインのサッカークラブ)|セルバンテス]]戦が行われた。その2年後には、建設された土地に合わせて現在の名称である'''エル・マドリガル'''と名を変えた。Feudo Amarillo(黄色い争い)が愛称のこのスタジアムは[[地中海]]から5kmほどの距離にあるPlaza Labradorラブラドール広場に位置し、標高は50mである。
 
 
1923年6月17日に落成して'''カンポ・デル・ビジャレアル'''と名付けられ、[[CDカステリョン]]対[[セルバンテス (スペインのサッカークラブ)|セルバンテス]]戦が行われた。その2年後には、建設された土地に合わせて現在の名称である'''エル・マドリガル'''と名を変えた。Feudo Amarillo(黄色い争い)が愛称のこのスタジアムは[[地中海]]から5kmほどの距離にあるPlaza Labradorに位置し、標高は50mである。
 
最初の改修工事は1952年の夏に行われた。1952年に[[夏季オリンピック]]が行われた[[ヘルシンキ・オリンピックスタジアム]]に合わせてピッチサイズは95m×65mから105m×65mに拡張された。1960年代には小規模の屋根の付いたメインスタンドを建造し、1971-72シーズンには南側のスタンドが建造された。1988年には新しいスタンドに部屋を作るために古いスタンドは壊され、1989年3月8日の[[アトレティコ・マドリード]]との親善試合で再オープンした。
ロッカールームは何度も移動された。1935-36シーズンまではスタジアムの南東角にあったが、その後北西角に移動され、1989年までその場所にあった。1989年以後は南西角にある。最後の改修でドレッシングルームがメインスタンド下に設けられた。
 
2005-06シーズンの[[UEFAチャンピオンズリーグ]]の試合を開催することを承認させるために、一連の必要条件を満たす義務があった。クラブは2005年にすぐさまレギュレーションに合わせた改修を行った。スタジアムの外観を黄色いタイルで覆い、美観の向上と地域の特産であるタイル製造への利益の向上を図った。ドレッシングルームが改修されたほか、記者会見室が拡張され、監督室、マッサージ室、バスルーム、シャワールーム、[[UEFA欧州サッカー連盟]](UEFA)から派遣された役員のための部屋、アンチドーピングホールが新たに設けられた。ピッチは1m広げられ、ドレッシングルームに向かうエントランスは修繕された。2つのレストランが開店し、広告設備は電子化された。
 
==外部リンク==
*[http://www.villarrealcf.es/principal.php?nombreModulo=contenido&idcontenido=4&idmenu=2&idsubmenu=15 El Madrigal] ビジャレアル公式サイト
 
 
{{セグンダ・ディビシオンスタジアム}}
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