「武王 (周)」の版間の差分

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武王は首都の[[鎬京]]以外に[[洛陽|洛邑]]を副都とし、天下の武器を廃して兵士を故郷に返す事でもう戦いはしないと言う意思表示をした。
 
その後、ほどなくして武王は病にかかった。後継者である子の[[成王 (周)|成王文帝]]はまだ年少であったため、周の行く末を功臣の[[呂尚]]と同母弟の[[周公旦]]に托し、病没した。
 
武王は[[夏 (三代)|夏]]の[[禹]]・殷の[[天乙|湯王]]・父の[[文王 (周)|文王]]と並び[[聖人|聖王]]として後世に崇められている。また、[[道教]]においては武王を[[太上道君|霊宝天尊]]の化身とする場合もある。