「ロック・アラウンド・ザ・クロック」の版間の差分

 1954年5月10日、ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツのデッカ移籍最初のレコードとして発売された。 「それはデッカが毎月リリースする大量のレコードの中の一枚に過ぎなかった。」ゲイブラーは語る。「C&W、R&B、ではなくロックンロールという言葉も無かった。通常のポップレコードの扱いで、レーベルに記載される分類も『Foxtrot』(ダンス音楽)だった。7万5千枚売り上げたがスマッシュヒットをは言えない。ところが2枚目の「シェイク・ラトル・アンド・ロール」が全米トップ10入りの大ヒットになった時、ラジオ局に再度「ロック・アラウンド~」を送ったところ両方共に100万枚を売り上げた。そして最終的に「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は2,000万枚を記録することになった。」<ref name="fu" />
 
 発売当初この曲は「サーティン・ウーマン」のB面の扱いであったが、<ref name="fa">。[http://www.rockabillyhall.com/RockClockTribute.html#history The Story of 'Rock Around the Clock': The First Cuckoo of Spring]</ref>
 翌[[1955年]]に[[映画]]『[[暴力教室 (1955年の映画)|暴力教室]]』のオープニングに使用されると[[ビルボード]]チャートで7月9日から8月27日まで8週連続1位([[Billboard Hot 100#歴史|Best Sellers In Stores]])を記録する。また、この曲のヒットをきっかけに世界的なロックンロール・ブームが起こる。<ref name="fu" />
 
==いくつかの疑問==
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