「ロック・アラウンド・ザ・クロック」の版間の差分

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1954年3月20日に、「ソニー・デイ・アンド・ヒズ・ナイツ」(Sonny Dae and His Knights)によって初めてレコーディングされ、同年5月にアメリカで発売された、[[ビル・ヘイリー|ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ]]によるシングル・[[レコード]]が大ヒットした。
===経緯===
 1952年、作曲者で版権の所有者でもあるジェイムズ・E・メイヤーズ(レーベル・クレジットのジミー・デナイト『Jimmy DeKnight』はメイヤーズの変名)によって、この曲は[[ビル・ヘイリー]]に提供されていたが、当時ビルが在籍していたエセックス・レコードの経営者デイブ・ミラー(Dave Miller)とメイヤーズの確執により録音は見送られていた。ビル曰く「2年ほどポケットに入れて持ち歩いていた」。1954年、デッカレコードへ移籍の際、「ロック・アラウンド・ザ・クロックを最初に録音する」事がデッカのミルト・ゲイブラー、ヘイリー、メイヤーズの間で約束された。<ref name="fu">[[Rob Finnis]](著)『DON'T KNOCK THE ROCK』[[NEW KOMMOTION Vol.24]]、1980年、16頁</ref>
 
'''ソニー・デイ盤'''
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