「ロック・アラウンド・ザ・クロック」の版間の差分

 デッカレコードの[[A&R]]マン、{{仮リンク|ミルト・ゲイブラー|en|Milt Gabler}}は当時をこう語る。<ref name="fg">1970年 Rob FinnisがMilt gablerに対して行ったインタビュー</ref>「[[コロンビア]]は30番街の教会で録音していたが、私たちはブラスや弦楽器の自然なエコーが得られる場所を探していた(1940年代初頭デッカはPythian Templeの建物の一部をスタジオとして借りる)。パイディアン・テンプルはホテルのボールルームのようなもので、大きく高い天井とバルコニー、そしてステージがあった。全体のバランス調整ためにバルコニーにカーペットを敷きサウンドを「殺し」、部屋に[[リバーブ]]を拾うマイクを設置、ビル以外のメンバーはフロアより約4フィート高いステージに上げて録音を行った。こうすることで彼らは通常のライブ演奏のように相手を感じながら演奏する事が出来、音響的にもステージの背後まで降りた天井が、丁度自然な「殻」のような状態となって最高のサウンドを生み出した。ステージから6~8フィート離れた場所にいるビルはフロアからバンドを見上げる格好になった。 」<ref name="fu" />
 
'''ミルト・ゲイブラー'''[ Milt Gabler](1911~2001) 1937年NYにコモドア・レコードを設立、[[ビリー・ホリデイ]][[ジェリー・ロール・モートン]]などの歴史的録音を行う。戦後デッカ入りし[[A&Rマン]]として数々のポップ、ジャズレコードの制作を手掛ける。<ref name="fu" />
 
1954年4月12日 パイディアン・テンプル・スタジオ ,West 70th St.NY 
*ダニー・セドロン {{仮リンク|Danny Cedrone|en|Danny Cedrone}} - [[エレクトリック・ギター]] 
 
 ゲイブラーのプロデュースの元、午後2時15分録音が始まる。予定では2時スタートであったが、メンバー達がNYへ移動の際、フェリーの運航トラブルによりスタジオ入りが遅れたためこの時間となった。先にゲイブラーが提供した[サーティン・ウーマン]が 吹き込まれる。[ロック・アラウンド・ザ・クロック]の録音の際、パートタイムのメンバーであったダニー・セドロンはこの楽曲を正確に把握しておらず、他のメンバーから「[[ロック・ザ・ジョイント]]の時のソロを弾いたらどうか」という提案を受け入れてソロパートを演奏した。ファーストテイクはビルのヴォーカルがバッキングの音に埋もれNG5テイク2がOKとなり,5時40分録音が終了した。 <ref name="fu" />
<ref>[[Chris Gardner]](解説)『ROCK THE JOINT!』[[ROLLER COASTER]] LP、1985年。</ref>
 
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